米と未来 vol1(古森剛さん) | おいしいおこめのおすそわけ

おいしいおこめのおすそわけでは、「むすび米」という最高のお米のみを販売しています。
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「米と未来」とは

 僕たち「おいしい おこめの おすそわけ」は、「1000年後のことは分からない。でもきっと、米は食べている」をビジョンに掲げ、おいしい日本米を一人でも多くの方に届けるべく、日々活動をしています。
「米と未来」は、お米の魅力と未来をもう少し深く考えるために立ち上げた特別インタビューの企画です。
 お米を愛する古今東西の方々に、お米にまつわるエピソードを大いに語っていただきます。
 1000年後の未来やお米はどうなっているか、自由に思いを馳せてみます。未来の字には米がある。
 未来がより輝きますように!
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①古森剛さん.tif


 記念すべき第1回のゲストは、僕が以前勤めていた会社の元代表、古森剛さん。古森剛さん.tif          古森剛さん
 2014年8月上旬までアメリカを親会社とするコンサルティングファーム、マーサージャパン株式会社の日本法人の社長及び韓国も含むアジア地域代表を兼任。
 現在は同社のシニア・フェローでありながら、新しい形のコンサルティング会社、株式会社CORESCOを設立し、代表取締役でいらっしゃいます。
 いわば、これまでビジネス界をグローバルな視点から俯瞰しつつ、最上級に多忙な生活を送り続けている一人です。同時に、一般社団法人はなそう基金を2012年に設立され、東北の復興に自ら先陣を切って尽力しつづけています。月に1度は陸前高田に足を運び、被災地の方々に英語を教えるプログラムを主導なさっています。
 古森さんは、まさに「営利」と「非営利」の双方を股にかけ、さらには高く広い視点のみならず、地に足をつけながら汗を流し、さまざまなかたちで社会的に貢献されています。
 僕はこれまでのキャリアの多くの時間をコンサルティングという仕事に費やしてきて、多くのコンサルタントと出会い、育てられてきましたが、これまで多くの知人・友人に、最も尊敬するコンサルタント(でありビジネスマンであり「人物」)だと明言してきました。何故そう考えているのか、うまく言葉で表現できていませんでしたが、このインタビューを通じて「腹落ち」した感があります。
 このインタビューは、そんな古森さんに、ご無理を承知で依頼させて頂いた所、二つ返事で「喜んで」とご快諾頂き実現したものです。
 毎週、通われている富士山の麓の山荘に押しかけ、インタビューがスタートしました。 

(千葉修司)

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②お米の原風景.tif

 米の思い出は子どもの頃に家族で行った夏のキャンプですね。大分県の祖母山というところ。そこで父親が飯盒で米を炊くわけです。

 飯盒メシは美味しいだけじゃなく、そもそもプロセスが良いじゃないですか。飯ごうでたく.tif米は飯盒炊飯
 薪を用意するところから始まり、薪にも細いものや木の皮や種類があって、やぐらを組むときも太いものを下におくと空気が通る、など工夫が要ります。
 そして、いざ焚いた火に飯盒をかけます。火加減も「はじめちょろちょろなかぱっぱ」という、語り継がれているコツがあります。飯盒は原始的ですが、どうやるか分かっていないと上手く炊けません。圧力が減ったらどうなるか、など、飯盒は中が見えないから一発勝負です。蒸気を見ながら、今が良い時なのか?などと考えます。
 単に食べるということを超えて、作るプロセスが長いのです。それでいて失敗したら焦げます。米を炊くという行為の全体像が飯盒炊飯にはあるわけです。炊飯器で炊けば米が食べられる、という最後の部分しか普通はわからないのですが、飯盒炊飯の経験は自分の原風景ですね。独特のワクワク感や、あの感じは他の料理には無いです。


 たかがこの白いでんぷん質のものが炊けることに、これだけの知恵を働かせて時間をかけて、というものは他に無い、世界を見ても無いです。じゃがいもを蒸すのはこんなに難しくないです。沸騰に始まり、最後の蒸しに終わる、複雑系なわけです。それができるようになったのは、子どもながらに単純に嬉しかったです。御飯を炊く技術を覚えたことだけでなく、自分が火を焚けるとこから最後までやり、それを認知される喜び、すべて思い出として残っています。

 今でも時々自分で火を焚きたい、というのはそこから来ています。
お米のディバイダー.tif

③大人になって.tif

 山荘を持つことになったきっかけは、結局、やっぱりキャンプをしてお米を炊きたかったからです。
古森さん山荘.tif古森さんの山荘

 2009年、仕事が殺人的に忙しい時期で、過労で体が持たず、何か取り戻したい感じがありました。火を焚いて、コメを作って、ということをやって、命を回復する必要があったのですね。
 自然の中で火を使って米を炊いてという原風景に戻りたいという感じがありました。実際山荘を持って、少年時代から随分長い時間が経っていましたが、ようやく戻ってきた感がありました。火でお米を炊いて、それが一応自分の場所で出来ているのは、それはもう、“これで良い感“がありました(笑)。
お米のディバイダー.tif

④野菜つくりから.tif

 時を同じくして、東京の自宅とこの山荘の周りで野菜づくりを始めました。米は作っていませんが、想像する領域が広がりました。つまり、自分が野菜を作って苦労している隣で田んぼがあるわけです。農家さんが作業をしている、それを見ると、何の作業をしているか、は分かるようになりました。古森さんの野菜.tif古森さん作の野菜
 虫に悩まされたり、今こういうものが足りないのかな、とか。もし水田が普通の畑だと田作障害が出ます。しかし、なぜ米は同じところで大丈夫かというと、米ができるのは水田だからです。山中からきている養分やミネラルが入った水を流し続けていることによって、田作障害にならない仕組になっています。こういうことは自分が野菜作りをしているから分かります。教えられなくても。米作り側の雰囲気とか、これはスゴイことをやっているな、と分かるようになるわけです。

 それは、生き物を見て理解して、皮膚感覚として自然との繋がりが分かるということ。生き物の世界を語る人がエコを語る場合とそうでない場合は違います。例えば、プリウスが出たのは自然感覚からですよ。こういう自然との生活も愛した人が開発したそうです。
 このままいくと地球がまずい、という感覚が自分から湧いて、エコカーの開発を無理矢理でも踏み切ったそうです。エコカーを出せば儲かる、というのがメインドライバーというわけでやったわけではないのです。

 大げさですが、自然と繋がって生きているかどうか、を発想する根っこが違います。そういう感覚が増えたら良いですね。というのも、人間が生き残ろうと思ったらMUSTな感覚ですので。皮膚感覚で「これはやりすぎ」というのがわからなければ、と思います。
 「ここまでやったら死んでしまう」みたいな感覚と一緒で。その感覚があれば一線は超えないように、「こんなに汚したら、この森が回復しない」というような感覚があれば、危機を回避しようとします。逆に、それがなくなったら、いずれは破滅しますよ。人類が生き延びようと思ったら、それは持つべき感覚だと思います。
お米のディバイダー.tif

⑤非営利での活動修正.tif

 エコが大事といっても、個人レベルでどこまで浸透して行動に繋げるかが大事です。世界の人口が70億人を超える中で、それぞれ全体を気にして、ちょっとずつゴミを出さないなどをして節約する、という積み重ねでしかエコは実現できない。ちょっとずつやる積み重ねが効果的です。農家さんとの繋がり.tifお米農家さんとの繋がり


 君たちの「おいしい おこめの おすそわけ」の活動も、5年たって関わる人と活動の幅が次第に増えていっていますよね。この手の活動は、成長が「農業的」なんだと思います
 お客さんが増えながら有機的に進んでいる、そういうのが良いと思いますよ。僕の東北での活動「はなそう基金」もそうです。ビジネスプランなんてない。あるのは、やりたいことの固まりくらいです。夢に日付を入れて追い込んでいく、みたいなことでは無いのです。


 有機的なことは、インパクトはゆっくりですが、崩れない。ちゃんと生態系が出来ていくからです。理解する人や欲する人や積極的に関わりたい人とか。ちゃんと、だんだん増えていきます。そういうエコシステムの感覚があれば、それを良いと思えるのですよ。そういうのが無い人は不安でしょうがないのです。
お米のディバイダー.tif

⑥全てが成長したら.tif

 僕も経営コンサルティングをしながら矛盾している部分はあるのですが、皆さん「成長」と言いますが、全部成長したら地球は滅びますよね。なぜなら「誰かが成長しない中でここだけ成長する」というのが、暗黙では求めているところが有るからです。山荘の外は自然.tif山荘の外は大自然

 上場している企業が営利を求めるのは正しいです。その世界でコンサルも仕事をしています。
ただ、そこが地球のマジョリティと思った瞬間に間違いです。今は実際に、非営利的な活動も増えているし、君たちみたいな活動も増えているのは、ある種、人類の当然です。人類も馬鹿じゃないから、少しずつバランス取ってきています。感覚のある人は、それこそ”TheGrowth”だけではない、と思っています。しかも結構な人が。食糧が足りているレベルの人は、どうかな、と思いながら、浪費したり消費したりしています。しかし、どこかにバランスしなければ、と思っています。

 だから、こういう活動が有機的にちょっとずつ増えるのはまっとうなことだと思います。植物と一緒です、生態系です。生態系は不確定要素ばかりですよね。突然蜂が飛んできて、受粉したりするのですが、その蜂をプランニングしないですよね(笑)
お米のディバイダー.tif

⑦良い経営者.tif

 ですが、プランニングしなくても、できていくものなのですよ。自然にできていくもの、という要素が世の中にはあるのです。それは事業でもそうで良いと思うのです。方向というのがあるので。

 お米でも、お米以外のものを何百通りも売れば良いか、というとそうではないですよね。「お米を売りたい」というのはあれば良いと思う。厳密にExecution型がいいかというとそうではないです。そういう事業の場合は時間も必要なのですよ。

 対局で言えば、営利企業の社会は時間をコントロールすることで加速することに色々な努力をしていきます。人類はそれで進歩してきています。時間を決めて、詰めていきます。これは確かに価値のあることです。しかし、それだけやっていると偏ります。一方で、時間をまず根本として、是非としてしまう考え方があります。
 例として、野菜の成長速度は異常には加速できない。光を大きく当てれば少し早くなりますが、今日播いた種が明後日にキュウリにはなりません。生き物の世界の法則ですね、時間が必要、というのは法則です。子どもの成長でもお米でもそうです。実際事業でも時間が必要です。取引する農家さんが最初はよそよそしいとか、初対面の人が心を許すにも時間が必要です。陸前高田の英語.tif陸前高田での活動。英語音読教室
「最初こうかな」と思ったけど「こうなのかな」と思い直し、近づいてみると、うまくいったケースがでてきて、「あ~、こうか」と気づく。そういう過程には時間が必要なのですよ。

 一方の考え方ではそういうものを「ムダ」と見なして、何とかそこをスキップできないか、と考えていきます。もう一方は、それは当たり前と考えて、そこをある意味我慢して一緒に考えて過ごしていくことにより、じわじわと増えていくものがあります。こちらの世界が大事です。君たちの活動はそっちだろうと思いますし、僕の東北の活動もそうです。今でも良い経営者はその感覚を持っていると思います。
 急ぐ一方で、人材育成も同じです。野菜よりはジャンプがあるけれど、3歳の子が18歳には突然ならないのです。やはりそういうことを分かった上で急がせないと。

 無限に急がせるとか無限に減らすとかをやると、会社だっておかしくなります。例えば、口では叱咤激励しながらも、心の中では許容することができると思うのです。野菜であれ、生物であれ、子育てであれ、有機物が生命を持って動いている時に、大きく変化するために必要な時間というのは、感覚で分かっている人は、無限に短縮できるようになるとは思いません。その感覚がないと危ないと思います。
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⑧非営利と営利のバランス.tif

 非営利の活動をしていても、続けるために経済的なことや営利的な側面はどうしても出てきます。
それとどのようにバランスをとるか、ということも大事だし間違っていません。バランスというのは、逆にその有機的に時間のかかる世界だけでもいけません。それだけになると「自然に戻るだけ」みたいな考えに陥りがちですが、極論すると自然状態に戻れば戻るほど、人間は死ぬ訳です。弱いので。
 人間の特殊性は自然界に無いことを無理してやりながら生きてきているわけなので、その世界をなくすのは自殺行為です。結局、両方必要ということです。
 僕は営利活動をして世の中の役に立ちながらお金を儲けるということと、世の中の役に立ちながら儲けずにやる、ということは両方有ればよいと思っています。人の暮らしとして、非営利100%にしてしまわないほうがよいです。

 両方やるということに慣れて、そのスキルを上げれば良い。慣れてくると効率もあがるし経験値もあがります。役に立ってお金をもらいながら、社会的なことをやるということです
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本質的なことは修正.tif

 僕もそのつもりですよ。東北の活動も増やすつもりだけど、それだけにするつもりはありません。貧すれば鈍するし。人間の社会で生きていくには貨幣が必要なことも変わらない。
 でも、カネだけになる必要はなくて、そこに対するバランスで生きている。非営利だけになったらやることが限られる、と思うのです。空見上げる.tif
 結局、どうなるかというと、営利で儲けた人から回してもらって非営利活動をやるってことになるじゃないですか。非営利に専念する一人からすると100%非営利ってことになるけど、エコシステムとしては営利と非営利がバランスしている状態です。やり手が違うだけで。
 要は「営利・非営利、両方、要るんだ」と考えています。それを自分の中で50:50にするのか、60:40にするのか、誰かに頼むのか、に差はありますが。

 世の中全てが非営利だけになっても食べられる、ってことはないわけです。自然環境だけだと、人間は死んでしまいますから。それが人間の仕組です。昔は30年が寿命で、本来、こんな年齢まで生きてるはずがないんです。本来人口も少ないはず。それがこんなに楽して生きていけているというのは、自然界にないことをやっているからなんです。生き物である限りは、長生きすることしか考えないんですね。でも、そっちの方向に寄り過ぎると、環境を壊したり、人間を壊したりする。だから、言葉にするとつまらないけど、バランスをとらないとダメ。両方極めれば良いんです。
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⑩両方一生懸命.tif

 両方一生懸命やることでしょうね。それに尽きますね。ただし、営利側の仕事を、嫌で嫌でしょうがないことをやっているのは違いますね。世の中に役に立つタイプである、とか、自分の才能と仕事とのフィット感とかは分かるし、大事です。

 コンサルの仕事は自分にフィットしている、と感じています。この仕事が好きだし、やる時はもう真剣にやっています。バランスは意識面でもそうであって「一方は嫌で嫌でしょうがないものを、しょうがなくやっていて、もう一方の非営利は大好き」みたいなものはバランスがとれているとは思えません。目的が営利なものと社会性があるものがバランスなのであって。バランスと、カウンターアクションとは違います。こっちが嫌だからこっちをやる、ということでは、決してありません。
バランスというのは違う種類の重さや志向性が両方ある状態です。

 最後にいきつくところは、自分の人生のどこかのステージで、「営利なことも非営利なことも、自分がいいな、と思っていることを役に立つ形でやっている」というのが理想ですね。

 ちなみに、非営利は営利より難しい、と考えています。営利のやり方は変えてもいいものです。同じ会社にずっといなさい、ということでもありません。営利サイドは、自分の満足いくやり方を求めていけばいい。どんどん改善していけばいいんです。
 でも、そういうモードで非営利をやったら、回らなくなります。なぜなら、事業の難しさは営利と変わらないばかりか、ルールとか契約だけでコントロールできないものがたくさんあります。お金が回らない世界です。カネを出せば動くはずのものが、カネが出せないから動かない。そんな状況でも「動いてもらう」というのをやる場面が山ほどあります。コンサルタントも一生懸命.tifコンサルタントも一生懸命
営利でくたびれていて、やりたくないモードで、もし非営利の世界にくると、たちどころに苦労していけなくなる。もっと難しいんです。

 東北の活動をやっていて気づいたのは、タダでも要らないものには人は来ない、ということです。支援とかボランティアでも「所詮そんなものは役に立ちませんよ」というものに対しては助けられにもこない。営利も非営利も、事業である以上は価値提供が必要で、価値が無いものには人は集まりません
 生態系ができないんですね。だから、カネは回らない形で、同じように起業する、というのが非営利の企業。
 だから、営利よりも難しい。もし営利的世界を逃避して非営利の世界にくると失敗する。一瞬うまくいっても、です。
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⑪お米の未来.tif


 お米の未来。マクロのレベルではいろいろあるでしょうが、それはつまらないこと。TPPの問題とか、政治的に決まるものは、コントローラブルではありません。でも、言えるのは、僕には「個人としてお米を残してほしい」というWishがある。
 「『うまいコメが食いたい』以上」です。朝食.tif朝食。米と生卵としらす一番で言うとそれが答えです。
 僕は常に個人が好き。何でも個人を大事にしたいです。「『うまいコメが食いたい』以上。」の人が、例えば、1億2千万人の内、1億人くらいいれば、お米は残るはず。「うまくないコメ」じゃなくて「うまいコメが食べたい人」と思う人が1億人いれば、残る。うまいコメを作る人は誰か?と言えば、「日本のあの辺の田んぼとか、農家だ」となります。

 結局、「単純ローテク」なのです。その「単純ローテク」の数とか継続の話です。「旨い米が好き」と言う人が増えればいい。
お米が残るか残らないかはわかりませんが、「残してほしいか」と聞かれれば、「Yes」。「残せると思うか」と聞かれれば、「たぶん、Yes」です。
 個人がうまいコメを知ったり、体験を持ったりすれば、「あれはいいもの」と思うものです。そうすれば、ちょっとくらいプレミアムを払ってもいい、と思える人が増える。そういう働きかけを行えば、市場がオープンになっても、大丈夫。安いものに流れるセグメントがいてもいいし、いいものだけを食べるセグメントがいてもいい。多くの場合は、時々いいものを食べたいセグメントである。きっと、今くらいの規模は残るのでは、ないかと考えています。
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⑫未来は単純.tif

 お米が好きというのは感覚的な問題です。感覚、は強い。理屈じゃない。好き嫌いと一緒です。水田の稲.tif
 好き嫌いの線に合わせて、理屈なんてどうでもつけられます。好きであるということが大変大事です。米が好き、という人が増えればいい。すごく単純。でもそのために何をするかは色々あります。
でも、一番は「自分が食べる」以外ありません。それ以外に手はないのです。教科書で「お米というものがあって。美味しいんだよ。」と言っても駄目。やっぱり感覚。いかに、うまい状態で食べる人が増えるか、ということ。

 うまさは、ご飯を(茶碗に)よそわれた状態からがスタートじゃありません。ワインのように、作られる過程とか、変動要素とか、バラエティに対する知識等、増えれば増えるほど、食べ物とか飲み物と人間の味覚の関係はリッチになる。人間の脳は複雑です。そこが1つのポイントになると思います。
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⑬お米の愛着.tif

 お米は調理過程だけでも複雑系があります。そこに至るまでのいろいろな過程があるのです。人類の稲作文化から言えば感動的なものです。また、日本がいかに稲作文化になったか、についても、その歴史は感動的なものです

 大陸は荒れたけど、日本の農地は荒れていない。それは水田だからです。巨大なレセプタがあって、しかも、物理的に旨いのが米。これは感動的なことです。

 体験的に色々とプロデュースできることもある。例えば、日本中の家庭で月に1回飯盒炊飯の日を作る。これできっと何かが変わるはず。ガスでもいいのです。今日やったように。これだけでも変わります。
 解は単純なことのはずです「コンビニ弁当やめましょう」じゃなくて、その旨さを知ればいい。月に1回、飯盒や土鍋でお米を炊けばいい。そういうことを増やしていけばいい。農村ツーリズムだけが答えじゃない。山ほど変化要素があるのです。おむすび.tif
 米に対する感覚的愛着を持つための様々な種があります。小学生の田植え体験もその一つ。でもそれだけじゃありません。
 自分で小さな精米機を買って、自宅で精米して食べるようになりましたが、目が星になるほどうまい。鮮度の問題です。例えばそんなことをやってみるだけでもまた発見があります。削られたお米の等級の旨さとは別に、剥き立てであるということです。玄米で買って自分で精米して食べてみれば、また、まったく別の発想が出てくる。例えば、都会のコンビニの横にコイン精米機を置いてみたら、旨さを知って、以外に人がくるかもしれません。一回やると、きっと分かります。劇的に違うから。

 実は値段とかじゃなくて鮮度の問題なのかもしれません。加工後の鮮度の問題ということが分かれば、「お金持ちじゃないと(うまいコメが食べれない)」という問題じゃなくなる。玄米にアクセスできればいい、ということになります。月に1回そこで精米して飯盒で焚く。そうして、美味しさに気付けば確実に米に対する考え方は変わる。それだけが答えじゃありませんが、それだけでも新たな発見となり、変化が起こる。「無理して変えたい」じゃなくて、単純な事実。そんなことを経験すればいいのです。

 うまいとか、好き、というのが大事。そういうことを大事にして工夫すればいい。うまければ、おかわりすればいい。それで太ったら走ればいい。「うまい、もっと食いたい、それなら、食おう」でいい。バランスは他で取ればいいのです。米の具合がいい時はおかわりする。当たり前です。旨いんだから。
未来は単純。お米が好き、という人が増えればいい。
 お米への感覚的愛着をどう体験するか。
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⑭1000年後.tif


1000年後ですか。0が揃っているのは好きですよ。空手1000本突きとか(笑)。

 お米と言う物質が変わらないわけなので、今の形があると思います。うまい炊き方は変えようがないので。でも、他の調理法は増えると思います。ヨーロッパで野菜として食べるとか、バラエティが増えるはずです。お米を食べる人口も増えるはず。
 農業技術さえちゃんとやれば、同じ土地で再生産が可能です。水田というものは、サステナブルな仕組みである。大きな力学的には、そういうタイプなものが増えないと、人口増で胃袋が増えるのに対して、追いつきません。

 たぶん、未来は米を食べる人間も増えるし、食べ方も多様になっていると思います。色々な地域で食べるでしょう。ただし、この現状の炊き方はベストな形であり、絶対に残っていると思います。加工されるものも増えるでしょう。米粉のパン、クラッカーとかのように。米自体を材料とすれば、色々とでるでしょう。それでも炊飯はなくなりません。
 品種も変わるし、温暖化の影響もあるでしょう。気候変動の要素は無視できない。かといって、日本で作れなくなるかと言ったらそうではない。より、暖かいところでも作れる米もできるでしょう。元々は暖かいところから来たものであるし。多少形は変わることはあっても。ロシアなんかでも生産できるようになるとか。中国でも、現在のバランスの取れない発展形態を見直す過程で、食料のために大規模な水田が出来てもおかしくありません。それを平和のために、日本がやればいいと思うのです。お米を送る代わりに、水田を作ってあげる。世界中の水田は日本人がマイスターとなれば、ありがとうと言われ、平和になる。

 お米を守るために、ではなく、うまいし、良いし、人類のためにもすごく効率のいい食べ物。環境にもいい。循環系ができる。川さえ流れていればいい。共同生活の象徴でもあるのです。みんなで食べるわけだし。山とか川とか上流で汚すと下流に影響する。米は全体感の塊です。山の木もはげ山にしちゃうと、栄養が降りてこなくなる。水田のポテンシャル.tif全部繋がっています。循環システムものであり、共同作業ものである。日本のカルチャーの一部は稲作でできています。争わずに、一緒にやっていく良さ、これも稲作が広がれば、それも広がるかもしれない。

 ドグマとしてではなく、基本「うまいもの」として広がれば、かなり人類にとって役に立つものとして、広がるのではないかと思います。米は、先述した「バランスをとる食物」の最たる例です。中国の大陸の農地と日本の農地の違いはそこにあります。
 2000年のスパンで見るとそう。水田で僕らはやってきたから、狭い国土でも焼けていない。畑だけだと、土地が枯れてしまいます。よって、移動しないといけなくなる、だから、戦争が起る。稲作だからこそ、同じ場所で暮らせて、自然も荒れない。それによる停滞感もあるでしょうが、争いに繋がるタイプの作業じゃないのです。水田は。


エコシステムがそこにある。山から流れる水を使い、また連作障害を生まない。ナイル川の氾濫を安全な形で毎年、起こしているようなもの。上流から運ばれた栄養で肥沃になる。それをシステマチックにやっているのです。
 だから日本は、川を汚しちゃいけないマインドにつながる。奥多摩に不法投棄はしちゃいけない。分かっていたら不法投棄なんてやらないはず。山に撒いたものは最後は自分の口に入るぞ、ということ。「不法投棄禁止!」よりも、「最後はあなたの口に入る」って書いた方がいいのかもしれません。


日本の稲作は、すごいのです。

 (2014年7月20日 富士山麓の山荘にて/談)

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山荘前で(左から千葉、古森さん、小木曽、嘉門)

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shujiface.jpg千葉 修司

「ビジネスプランなんてない。夢に日付を入れて追い込んでいく、ではない」
「でもそうして作った有機的な活動は、簡単には崩れない」古森さんから頂いたこのメッセージが、山荘からの帰り道から今に至っても脳裏から離れない。
 高い志を持ってSKYの活動を立ち上げ、続けてきた自負があったが、物事の本質という意味において、僕は分かっていなかったのかもしれない。
 「逃げ」ではなく、むしろ「難しい」ことだ。営利、非営利双方の法人の最前線で戦っている古森さんの言葉だからこそ、胸を突いた。
 米の本質的な価値。有機的であるということ。営利と非営利のあり方。そしてお米が世に残るためにもっとも大事なこと。日々考え、もやもやしていたことが、全ての一本の線の上で、綺麗に整列した。
 今後も色々な障壁はあるだろうし、迷いも生じるだろう。でも、その時に立ち戻ることができる軸が生まれた。お米を残していくためにも、そして、1人の人間として生き生きとして生き続けて死んでいくためにも。そんな感じだ。
 もしかしたら、古森さんは、僕らがそんなことにもやもやしていることもお見通しだったんじゃなかろうか。してやられた。
 なお、このインタビューを編集させて頂いている間に、古森さんは人生のまた新しいステージに進まれた。約7年続けられたマーサーの経営職をご退任され、同社のシニア・フェローに就かれると同時に、株式会社CORESCOを立ちあげられ、その代表取締役として舵取りをされることとなった。更には、東北被災地復興と世界平和促進へ向けた活動(世界旅館構想)へ一層の注力をされるとのこと。まさにこのインタビューで存分に語って頂いた通りである。「営利」「非営利」を問わず「今よりも良い未来を次世代に残すことに貢献したい(古森さんのFacebookより抜粋)」との思いで、全力疾走を続けられている。
なお、Facebookのコメントには「親として・子として・夫として」もよりよい家庭づくりもされるとある。

 古森さんのエネルギーはどこから生まれてくるんだろう。いつ寝ていらっしゃるんだろう。どうやってご自分をマネジメントされるのだろう。

 底どころか、僕には入口くらいしか見えていない。

 この「大きな」古森さんの一層ファンとなると共に、こんな人生の切り替わりの大事な大事なタイミングで、二つ返事でご快諾頂き、お時間を下さった古森さんに感謝の念が尽きない。

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kenface.jpg小木曽 研

「美味い、そして、好き。だから、コメを食べる」というピュアな思いを語ってくれた古森さん。
 お米の未来は、「お米を知り、炊き、食べ、美味しく楽しむ、という一連の所作から生まれる感動を共有していく」ことによって紡がれていくのだろう。とてもシンプルだ。おいしいお米を食べたい、という人の気持ちにシンプルに応えてきたからこそ日本のお米はここまで続いてきた。農業的に有機的にシンプルに、お米の活動を継続していきたい。
 そして、「バランス」という言葉の再定義をして頂き、この定義はお米の活動に留まらず、自身の人生においても大きな道標となると確信できた。もやもやが晴れました^_^
 貴重なお話を頂戴し、ありがとうございました。
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kamonface.jpg嘉門 佳顕


 大きな人から勇気をもらった。

 富士宮駅から富士山に向けて車で30分ほど駆け上がった朝霧高原の麓に古森さんの週末山荘はあった。モルタルの床に木組みのログハウス。屋根裏にロフトがあり、童心がくすぐられ階段を昇りたくなる。風呂を焚くのも火。入っているとき「湯加減どうですか」と外から声をかけられ、一会話にほっこりする。木材と工作台と大工道具が揃い、音を気にせずトンカチが夢中になって音をたてる。収穫したミニトマトがゴロリと置かれ、洗ってかぶりつく。夜は都内の高級バーでもお目にかかれないような世界中のヴィンテージウイスキーが登場、静寂さの中、ランタンの灯火だけでグラスを傾けながら語り合い、夜がふける。朝は雄大な富士に見惚れていると、目の前で鹿が駆け抜けて行く。 
 そこにあるのは、男の浪漫がつまったまさに「秘密基地」だった。羨ましがる僕ら3人に、「男に孤独は必要だよ」と古森さんは言った。孤独を口にしてキマる男の格好良さ。

 古森さんとお会いするのは2回目だった。1回目は7年ほど前、マーサー・ジャパン株式会社の面接でお話させていただく機会だった。都内を一望できる新宿のピカピカのハイカラな高層ビル。アメリカ企業を地で体現したようなゴージャスな面接室で、社長として現れたスーツ姿は、会社成長の請負人のようなオーラがみなぎって圧倒された。
 「どうして企業は大きくなるにつれ、ロジカルが優先され、『心』のような感情が軽視されがちになるのでしょうか」と僕は質問した。今考えれば赤面するような初心な質問。その時の古森さんは、「ある程度組織が大きくなると、それぞれの責任が割り振られることで、重要だと考えることが必然的に異なってくる。感情をベースにしていると、残念ながらコミュニケーションや意思決定が成立しなくなる」と、優しく教えてもらった。
 「でもね、どんな企業でも、心は、大事ですよね」と付け加えられた。そのときの表情が、それまでのザ・コンサルタントのような表情から一転、なんとも人間的で温かみがあったのが印象的だった。このリーダーの下は幸せだろうな、と感じた。

 今回のインタビューで辿り着いた(それを古森さんは「そういうものは往々にして『つまらない』んだよ」といいながら)一つの「本質」、「これだけの人類が平和に生きて行くためにはバランスが必要だ」という言葉から、あの時垣間見た二つの表情がしっくりと結びついた。
 コンサルタントをしていたとき、業界の動向や企業の業績を分析するには表面上の速度のみならず加速度を見抜け、と教わったことがある。大きな流れや力を細かく、微分的に見るアプローチ。だから企業は「時間をコントロールして、成長の速度を上げる」ことが可能になる。新宿の古森さんはこちらの世界のアスリート。

 一方、富士山荘の古森さんは「一人ひとりの思いと行動の積み重ねが大事」と言った。それは微分とは反対の積分的なアプローチで、成長が有機的だから一定の時間が必要になる分、サスティナブルでたくましいシステムができる。
 世界的には人類が増え、寿命も伸びる。どう平和にしながら、食べていけるか。稲作文化がこの「平和のための人類のバランス」に貢献できる循環系システムだったとは目から鱗だった。細々とだけど、その一端を担えていることが誇らしくなり、背筋が伸びた。

 大きな宇宙を理解するのに小さな世界の量子力学の理論が不可欠なように、大げさに言えば、世界の平和は一膳のおいしいお米が鍵を握るのかもしれない。そんな雄大な気持ちになって、山荘を後にできた。
 新宿の高層ビルと富士山麓の山荘。古森さんの振幅はとてつもなく大きかった。

 古森さんには富士山がよく似合う。
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