活動記録 |おいしいおこめのおすそわけ

おいしいおこめのおすそわけでは、「むすび米」という最高のお米のみを販売しています。
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これまでの活動や、シュウジ、ケンの日々の思いを記しています。
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2020年9月 畑のレンタル/小木曽 研

7月に、畑のレンタルサービスを検討中と書きましたが、正式申込しました。以前の借主の方の恩恵に預かり、植えてくれていたナス、トマト、ピーマンといった青々とした無農薬の夏野菜を採れたてで食べられる喜びを味わいました。おすそわけです。

収穫は楽しみの1つですが、実際に始めてみると、想像していなかった効果が出始めました。こう書くと、「食べられない野菜が食べられるようになった」「食べ物に感謝するようになった」「食べ物の旬がわかるようになった」などなど、良くある栄養や子どもの食育的な話を期待されるかもしれないのですが、我が家ではご期待には添えず、このような効果は限定的です(笑)

我が家の効果は以下の3つでした。

(1)継続、習慣化、そして健康的に
運動、勉強、仕事など何をやるにもそうだと思うのですが、一定期間継続して物事に取り組むことで習慣になり、一連の経過を見て変化がわかる。畑に日々顔を出して定型作業をやることで作物の変化に気付きます。厚生労働省の「健康づくりのための運動指針」でも生活習慣病予防のための目標とする身体活動量に農作業をした時の項目があります。ジョギング習慣と同じで畑仕事も継続的に取り組むことで身体活動量が担保できます。健康的な生活維持に効果が出てきています(気がしています)。

(2)身近な遊び場が一つ増えた
畑には息子が大好きな昆虫が公園の比にならないくらい質量共に沢山出現します。野菜にとっては害の大きい蝶(特に幼虫)やカマキリやバッタも遊び仲間になります。また、恥ずかしながら子どもの電子機器(動画閲覧など)の接触をゼロにできていません、これからはこういう機器を使いこなせないと仕事もできない時代なので悪いとは思っていないのですが、やはり親としてはなるべく接触させたくありません。畑に行くのがルーティン化してくると、物理的に接触時間が減ります、小さいかもしれませんが我が家では大きな効果です。

(3)異年齢コミュニケーション
シェアの効果です。自分たちだけが借りている場合は他人と触れ合う機会もないですが、いつ行っても誰か他の人が作業をしたり、教えてくれるアドバイザーの方がいたり、休んで談笑したりしています。休憩所で5歳児が親や祖父母ほど歳の離れた方や初めて会う子と勝手に何か会話をしているのは面白い光景です。自分も幼少期から異年齢コミュニケーションを通して得たものは大きい実感があるので、どんどんやって欲しいと思います。

そして、私自身では畑に行くのが日常化し楽しんでいます。初心者でもアドバイザーが指導してくれるので気軽に相談できますし、何より日々バタバタしている中で畑に行って作物の成長を見守ったり世話をするのは精神安定上大きな効果があります。土を触っているだけでも気持ち良いです。既に失敗を経験していまして、収穫できないこともありました。今年の天候や植え付けの時期遅など科学的な要素が与える影響もあり、実際に失敗を経験し知らない知識が増え沢山学びました。最近は品種改良やハウス栽培などで通年収穫できるものもあるようですが、年間での栽培のチャンスは基本的に1、2回。失敗するとまた来年ね、となるのですが、それは悔しくもあり魅力でもあるなぁと思います。

お米は完全に年1回のチャレンジ。今年も各農家さんから順調に育っているとの報告を受けており、底力を実感します。各地で稲刈りが行われており、来月には新米を順次お届けできるかと思います。楽しみにお待ちください。
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2020年9月 特別な夏/千葉 修司

もはや日常になりつつあるコロナ渦での生活、続く猛暑日、大雨、オリンピックの延期、そして最後に政治の一時代の終焉。多くの人にとって、これまでには感じたことのない不安や疑問を抱く、また、我慢を求められた夏だったように思います。

一方で、(たかだか)40年という月日を生きてみると「本当に、そんなに特別なのだろうか?」とも思ってしまっているのも事実です。

過ぎ去ってしまうと忘れてしまうことも多いですが、自分が生きてきた短い歴史を振り返ってみても、天変地異による災害、戦争(リアル・デジタル)、経済ショック、社会構造変化による不安定な状況など「こんなことは初めてだ」「●●年に一度」という言葉を毎年のように耳にしている実感があります。もちろん、今年のコロナショックはまだまだその影響の深度は誰にも測れないような、トップクラスのショックであることは間違いありません。しかし、私の生きてきた40年でさえも、バブル崩壊があり、9・11があり、リーマンショックがあり、3・11があり、そしてコロナショックがありました。これらは少なくとも日本に生きる私の視点であり、世界に目を向ければもっともっと上げなければならない事件があったでしょう。

今は世界中があらゆるネットワークでつながる、複雑に絡み合う世の中ですので、そのショックの規模は大きく、広がるスピードも速い状況にこそありますが、それでも、一個人にとってみると、グローバル化する以前より、より小さな社会単位でも同様に様々なイベントを繰り返し、歴史は紡がれてきたのではないかと感じます。

VUCA:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の時代と言われて10年ほど経つでしょうか。これもやはり今に始まったことではありません。結局のところ、人類の歴史は常にVUCAなのではないか、むしろそれを常と思い、その中で生きる自分自身をトーンセット、マインドセット、そして生活をセットした方が、心穏やかに、豊かに生きることができるのでは、と感じています。

そんなことを考えていた折、娘の中学校から配布されたお便りを見て、唸りました。

そこには「VUCAの時代に求められる力」について(学年主任の先生個人の見解を)4点、紹介してくれていました。日頃もやもやしながら、娘たちに伝えたいなあ、と感じていること。何より自分自身が強く、しなやかに生きていきたいと願う中で、考えていることを、こんなにも鮮やかに言語化してくれているのを私は見たことがなかったですし、また、いずれも腹落ちできるもので、感銘を受けました。

情報を収集し続ける(一次情報にあたる)「選別力」
疑問を持ち続ける「問題発見力」
失敗を恐れずに挑戦し続ける「楽観力」
苦境から自分を守る「回避力」

更に、その説明が素晴らしいと思いました。

・1、2は「学び続ける力」である。そして、何を学ぶかは「何でもいい」。ただし、注意点は「すぐに役に立つかどうかで選別してはいけない」
・3は「分かっていても失敗し続けるのは誰にとっても怖い」だから「何とかなりそうな気がする」「このまま続ければ、いきなり扉が開くような気がする」「あれ?何か好転してきた?」と考える力が必要である。
・4は「自分だけで抱え込まない、仲間に頼ってみる力」。学校はこの回避力を養うためにあると言ってもいい。

特に3点目が好きです。そう思えるようになるにはいくつかの過程を経る必要はあると思っており、「何かに没頭して、続けて、やり遂げた経験」は不可欠だと感じます。ただ、それは良い意味での開き直りを前提に置いて良い。世間との勝負でなくても良くて、ゴールは自分でセットしたものが良い。肩肘張らないマインドセットの中で、経験してほしいなと思います。なんせVUCAの時代なのですから。

もちろん絶対解はありません。ただし、この4つを意識したら、長い目で見たらいつの時代でも豊かな生活を過ごせる可能性が高まる、と私は確信しています。

こんなことを考えて発信してくれる、接してくれる、学校に行ける娘が羨ましいとも感じました。また、この学校の先生たちのオープンで肩肘張らない等身大の雰囲気・カルチャーを聞いていると、企業、役所、学校とその種類問わず、組織のカルチャーを形作る根底にあるものは同じであり、それはその組織にいる一人一人の考え方であり、バリュー(行動指針。迷った時にどう行動するか)に基づくのかな、と感じます。

今回のコロナ騒動が、慌てふためいて、通り過ぎるのをじっと待つだけではなくて、やはり同じようなことが今後も繰り返し訪れた時に、自分は、家族は、何を重視して、どう物事を判断して、どう行動するのか。結果として、どこで、何をして生きる?のか。そんなことを再確認する機会になればいいなあ、と感じています。

2020年7月 サブスクリプション あれこれ/小木曽 研

 梅雨真っ只中ですがいかがお過ごしでしょうか。梅雨の時期、ジメジメして不快な気分になりますが、稲作にとって雨はむしろ恵みです。梅雨に入って雨が降らず日照りが続けば、水が不足し、稲は育ちません。米作りのためにも、梅雨は極めて大切な、歓迎すべき季節、おいしいお米のために、と考えれば雨もちょっとはガマンしていただけるでしょうか。

 雨が続くとなかなか外出ができずに自宅で過ごす時間も増えると思います。最近流行りの定額制動画見放題のようなサービスを使ってらっしゃる方も多いかと思います。昨今「サブスクリプション」と言われるサービス提供形態です。本来サブスクリプションとは「料金を支払って製品やサービスを一定期間利用することができる」ビジネスモデルとして定義されているようですが、最近はソフトウェア利用のみならず、自動車や洋服や食品などのサービスも増えてきました。私もご多分に漏れず、Amazonの会員ですし、子ども向けの教育教材も申し込んでいます。

 月単位で何らかの製品やサービスが提供されるものが多いと思うのですが、日頃似たような形態のビジネスを考えていることもあり、自分がユーザー視点でサブスクリプションのサービスを開始しようとする時、その製品やサービスの提供価値、ユーザーとして期待している効果(使うとどんなメリットがあるか)、反対に失うもの(大抵はお金)、のバランスを見るように最近なりました。それって必要だっけ?毎月使ってる??無くなると困ることってある?そこまで使わないのに高くない?などなど。難しいのは、自分が価値あると思っても例えば家族でそのサービスを共用する場合、その価値観が異なって、提供価値に対する評価が分かれるところです。一方は沢山動画を見るので動画見放題のサービスは月数千円でもレンタルビデオを何回も利用するなら価値が大きい(費用対効果が高い)ものだと感じるし、一方は動画は全く興味ない場合たとえ月数百円でも価値が低い(費用対効果が低い)ものだと感じる。その製品やサービスを使うタイミング、例えば子どもの年齢や生活様式、その他でもその時住んでいる場所など可変要素も加味した時、考え方は無限大だな、と思います。

 多くの人の価値観と合致するような製品やサービスは広まるけれども、必ずしもそれが相対的に広まっているだけであって絶対的なものではなく、そのサービスの絶対的な価値が、数少ないユーザーでも合致しているケースでは、提供価値が非常に高いものと感じられてサービスの存在意義が高く満足度も高い、ということかな、と。

 今、私も2つのサービスについて価値観の戦いがあります。1つは毎月セレクトされたお菓子が届くスナックミーというサービス。一方からすれば、スーパーのお菓子で十分ですが、毎日のお菓子タイムを楽しみにしている側からすると何が入ってくるのか、味はどうか、など相当ワクワク感がありそうです。もう1つは畑の区画を貸し、用具や苗などの準備や荷物の手間が掛からず野菜作りが体験できる、シェア畑というサービス。子どもの教育にも良さそうだし畑付きの家に首都圏では住めない身としては価値が高いと思いながら、一方からすれば、続かないし、田舎に帰った時に収穫するので十分(日頃から畑環境がある人にとってはむしろ無価値)。こういう風に価値観軸でサービスを検討するのも面白いな、と楽しんでいます。

 こんなことを書くと、まさに私達が毎月提供しているお米も同じように価値を問われるな、と身が引き締まります。。農家さんや天候頼みといった部分も大きいですが、皆さんのご協力も合って、精米仕立てのおいしいお米を毎月違う品種でお届けし美味しく召し上がっていただける価値が引き続き提供できるように、今は適度に沢山雨が降ってもらいたい、と願うばかりです。

2020年6月 変化の種/千葉修司


 「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。(ダーウィン)」
 このコロナ渦の最中、この言葉を思わずにはいられません。

 今年の4月から中学1年生になった長女が「キャー、先生(担任)彼女いるんだって!遠距離恋愛らしいよ」と声を弾ませて、私と妻に駆け寄りました。GW明けのことです。長女をはじめ彼女の同級生はまだ一度も中学校に行ったことがありません。友人にも、先生にも誰一人会ったことがありません。入学式も動画を後日配信というものでした。「なるようになれ。できることをやるのみ」と親としても腹はくくっていましたが、それでも、我が子たちがどうなるのか一抹の不安がありました。

 GW明け、オンライン授業なるものがスタートしました。動画の配信をベースに、リアルタイムのホームルーム・授業に対する質問タイムをGoogle Classroomというツールを使って行います。リアルタイムを要するものはMeetというアプリを使い、また、Formを使って課題提出などもします。

 オンライン授業がスタートして、ほどなくして4月に課せらていた課題をすっぽかしていたことに気付きました。それは我が家だけではありませんでした。また、初日は全生徒の1割の子はオンラインホームルームに入れていなかったと言います。しかしながら、1か月経ってみて色々と状況は変わりました。

 「先生彼女いるってよ」という話題で生徒たちはChatを使って盛り上がっている(もちろん、うちの子含めて見ているだけの子もいます。が、家族には嬉しそうに話している)。Line Groupがたくさん立ち上がり(学年別、クラス別、女子グループ、百人一首グループ、恋バナナ、夜に会話するグループなど)、多くのコミュニケーションをしている(最初だから?分け隔てもないようです)。それらのコミュニケーションで遅れた課題を皆
でフォローしながら完遂している。いつの間にかIT環境にも慣れ、課題を提出している。いわゆる「取扱説明書」のない世界、コミュニケーションの方法論のガイドもない世界で、生徒たちはしなやかに道なき道を歩んでいました。

 この子とは気が合いそうだな(自己紹介を通じて)と感じる子がいる。また、いわゆる人気者候補者なども既に存在するそうです。これがデジタルネイティブ世代か、と頼もしく感じました。受験勉強期の姿が嘘のように、だらーっとし続けた4月でしたが、親の心配をよそに5月からは目をキラキラさせながら、新しい生活に集中している姿がありました。同時に、学校の先生方は「対面で会うことにより生まれる価値」についても語り掛けてくれます。それは「人間関係」を通じてでしか身につかない類のこと。それは中学校の発達課題にとっては最も重要と言うこと。オンラインだけではこれは成し遂げられない。

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 対面で会うことの価値(そして、移動の価値)が大きく変わるのかな、という気がします。

 私自身は長らく外資系企業に勤めていることもあり、例えば前職の同じチームの同僚は、北米に3名、オーストラリアに1名、イギリスに1名、そして日本に私が1名、というような状況でした。週次のミーティングはウェブミーティングで顔を出しながら、それぞれが朝起きたばかり、昼間、夜寝る前にワインを片手に集う、そんな日常でしたので、今のリモートワークには特段の違和感はありません。飼い猫が、同居している彼氏が、子供が画面に映っても特段気にせずむしろ笑顔で受け入れてくれるような環境でした。

 それでも、サンフランシスコやシドニーに出張に行き、初めて対面で会った時のインパクトは本当に大きかった。
飛行機の中で「英語でちゃんと仕事ができるかな、、、」とドキドキしたり。初めて足を踏み入れるオフィスで会って、わざとらしく「おーっ」となって握手をしたり。一緒に食事に行ったり。チームでボーリングをしたり。いつもは画面越しでしか会ったことのない同僚と、例えば二人で食事に行ったりすると、プライベート含めてお互いのことが知れて距離が縮まったり。そして、帰国後の仕事がとてもスムーズになったり。

 外資系企業勤務時における「対面」の価値は本当に大きかった。もしかしたら、日本国内にいても同じようなことを味わうようになるのだろうか。
少なくとも娘たちは早くも同じような体験をするのかもしれません。現実世界を生きてきたが我々が良く使う言葉「オンライン」「オフライン」という区分けがなく、もう自然に混ざり合った世界を生きるのかもしれません。さきほど「デジタルネイティブ」と言いましたが、「デジタル」という言葉も彼らにはもう不要なのかもしれません。

***

 先日、注目している経営者であり教育者の一人、出口 治明さん(立命館アジア太平洋大学学長)の公演を聞きました。
 「ウイルスの歴史は40億年。人類は1万年。ウイルスの方が先住民。1万年くらいじゃまだまだ人類は進化しないということだね」
 という言葉がとても胸に響きました。

 こうもおっしゃっていました。
 「ITが発展したから、世界中の危機的な状況を、医療従事者の切迫した状況を皆が自分自身で理解できたから、自粛した」
 人間そのものは昔からそんなに変わらない。道具が進化しているだけ。その道具をうまく使って、時代が変わる。一部の人類が変化に対応していく。淘汰されていく人もいる。これは過去もだいぶ先の未来もずっと変わらないのかもしれないな、出口さんの話を聞いていてそんなことを思いました。

***
 長女は6月に初登校を迎えました。
 変わらない人類。変わらない大切なものを胸に、変化することを恐れずに、子供と共に一緒に成長したいなあ、とそう感じています。

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2020年4月 ドイツ見聞録/小木曽 研


小木曽です。新年度ですね。進学、進級、栄転など新しい生活が始まる方、おめでとうございます。

2020年度、今年度の始まりは、自粛、封鎖、制限、分段、などなど日常生活で聞き慣れない単語が目の前を高速で通って行き、誰もが信じたく無いような事象が起こっていますね。

ほんの数ヶ月前までは、公私問わず国と国を跨いだ移動ができ、生の国際交流ができていて、各国の印象を問えば、私的には旅先に纏わる思い出や土産話、仕事では商談内容や会食でのエピソードなど具体的な感想に触れて反応を返す、という極々一般的な会話になるところが、今や、ある国を語ろうものなら、旅行や仕事の話ではなく、各国の代表者の発言やスタンス、一挙手一投足を各自が見聞きし、”国のリーダーとして”とか”国の対応として”と漠然とした概念的なものを無理矢理考え、難しく各国のことを見なくてはいけないような錯覚を覚えます。

私は以前書いたような国際交流団体の”ラボ”に所属し幼少期から海外の文化に触れる機会がありましたし、仕事柄海外で仕事をする機会もありましたので、比較的色々な国を見てきたつもりです。こんな時だからこそ、昔感じた各国事情を自分なりに思い起こすのも良いのでは、と思い筆をとりました。

私がこれまでの人生で最も多くの回数往き来したのがドイツです。
今回の感染症に対して、メルケル首相が「第二次世界大戦以来の試練」と表し、歴史上悲願の末に勝ち取った移動や活動の自由をも制限するのは自戒の念が大きかろうと思います。
私が以前ドイツの同僚と仕事をした際に、彼らが大事にしているのが、土地やその土地で暮らす生活や思い出です。ある仕事で、工場の移転に伴い従業員に転勤を強いることがありましたが、その際に日本であれば家族揃って移住、一歩止まって転勤(単身赴任)がよくある対処だと思います。法律としても就業規則や雇用形態にも寄りますが、企業に属する以上、日本人は転勤を拒めない(正確には拒んだら解雇の可能性あり)ようになっていることが多いかと思います。ドイツ人はそういう決まりとは関係なく、「その土地を離れるくらいだったら仕事辞めます、家族と一緒に暮らせないなら辞めます」となります。自ら希望してその土地で生活してきた方にとってその自由を剥奪されてまでその仕事はしない、という感覚です(勿論全てではないと思いますが)。生産性が高く残業は滅多にせず休みはしっかりとり、労働者の権利も強く、特に健康管理の面では病院での診断書が印籠のようで、工場長も頭を悩ませていました。
土着の意識は水よりも安いビールにも現れており、日本で言う地ビールはドイツはそれこそ町単位でおらがビールがあって、それを自慢しながら飲みます。ドイツビールは土地土地で香りも味わいも違い、本当に美味しいです。休日は日曜が安息日でガソリンスタンド以外お店がやっていないので自宅で家族やパートナーと食事をするか、ブンデスリーガのサッカー観戦です。サッカー大好きです。熱狂的でサッカーの話で会食の半分くらい費やすこともありました。サッカースタジアムの周辺の飲み屋は休日でも大賑わいです。勝っても負けても楽しそうにビールを飲んでチームの応援ソングを歌いながら電車で帰ります。楽しみにしているものが、とてもシンプルでした。ドイツを拠点に他国へ出張しても帰ってくると帰ってきたな、と思える安心感もありました。

そんな自由を、大きな戦争後長い時間をかけて漸く獲得したドイツが、今やまた国民に制限を求める。ただ、違ったのは、メルケル首相は制限と同時に国民を思いやる姿勢も見せ、”困難な時にこそ人にいてもらいたいものだが、これは逆効果、直接会わずとも「愛情や友情を示す方法」を探すよう呼び掛け(電話や手紙を使った疎通も挙げながら)、「人を孤独にさせないさまざまな手段がある」”と支え合う大切さを説いていました。
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人は社会的動物だな、とつくづく感じます。メールやテレビ電話やチャットはこの20年で生まれたものでそれ以前は人と繋がるのに一定の時間や物理的な距離があったはず。今は便利になっているけれど根本は誰かと繋がっていたいと思う、孤独は嫌だな、とどこかで感じている。だから公私共に遠隔のツールを使って状況を確認できるようにすることに対しては皆一様に受け入れるのだろうな、と思います。

先ほどのドイツの工場移転の際、私の尊敬する当時の現地の駐在社長は、引っ越しを拒んだ従業員の次の仕事を必死で探し、最後に従業員全員で盛大なパーティを開いて労い、工場を移転させました。愛情、友情、感謝、ですね。国関係なく、こういう思いやりを持って行動ができれば求めている繋がりが増えるのかもしれません。

そういえば、私たちのお米も、現地に住む日本人の方にどうしてもあの美味しいお米が食べたい、と言われ、出張時に持参してドイツの郵便局から発送したことがあります。苦労して運んだかいがあってとても喜んでいただけました。少しは繋がりを作れたでしょうか。

今月も農家さんが手塩にかけたお米を引き続き安定的にお届け、お繋ぎします。我々は倶楽部会員の皆さま用のお米を昨秋に確保し、今年の秋までしっかりと備蓄してお届けできますのでご安心ください。
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2020年3月 「チュウガクジュケン」伴走記/千葉 修司

千葉です。先月、長女の中学受験が終了しました。結果的に本人が「行きたい」と言っていて、親としても「いい学校みたいだね」という学校に幸運にも合格した格好ですが、宮城県(父:私)、山形県(妻)の片田舎出身で、中学受験には程遠かった私たち両親にとって、「チュウガクジュケン」というイベントはなかなか、初物として取り扱うのは、奇異かつ味わい深いものでした。最後の最後まで(おそらくそんなものはないのでしょうけど)「何が正解か」わからないまま手探り状態でトンネルを進み続けた一連のプロセスでしたが、通り過ぎてみると、その過程で失う物に比して、得られるものも結構あるかも、という所感です。そう思えるのには、いわゆる「受験の教科書」的な常識に対して、Critical Thinking(批判的思考)の姿勢を大事に親子で臨めたこと。そして、一連の経験を経て、大事なことは中学受験に限ったことではない、結局は人生を豊かに過ごすのに大事なこと、と相違ないと思えたからかな、と思っています。

 我が家は「受験はするもしないも自由。そもそも生まれながらみな違う個性。平等なんてものはない。それは3姉妹でもそう。」という考え方でしたので、今回の受験も、長女が「やりたい」言ったのでスタートしました。親としても本人がやりたいなら応援はするが、余計な口出しはしないと誓いましたが(やったことはないくせに。またそんなものが存在するのかわかりませんが)「世間が決めた常識とは戦ってやる」という変な使命感には燃えていました。それほど最初は、断片的な情報から、チュウガクジュケンに違和感を持っていたのだと思います。

 特にモヤモヤしていたのが、中学受験対策に(少なくとも民間の塾が提供するものは)「必要十分」という考え方がない、あるいはそれを定義するのが難しいこと。もし1日が24時間ではなく48時間だったら、あるいは1週間が7日ではなく14日だったら、きっと与えられる勉強量は倍になる。塾代も倍になる。「みんながんばっているからね」という競争を前提に、子供たちも煽られて、親も「そうなの?」となり競争に乗らざるを得ない。そんな果てしない上を、上を目指す競争の中で「あなたはこの辺ね」と偏差値で決められる学校のターゲット。時間、お金の投資がどんどん増えていく仕組みへの違和感です。社会人生活で「ゴールからの逆算志向」が大事と教えられて、そのための「量」や「プロセス」を定めて走ってきていた私にとっては、違和感だらけでしたが、これは最後まで解決できた気がしません。

  辛うじて対抗できたのは、「1日●時間は必ず寝ようね」というルール決め。「受験当日まで伸びるチュウガクジュケン」と言われている中で「どこまでやればよい」を決められないのは親としてもとてもストレスがありました。一方、半分ヤケになり「子供も大人も寝ないでやり続けなくちゃいけないことの先にロクなことはない」という(論理に基づかない)持論で乗り越えましたが笑、これは今後の彼女の人生を考えても、守りたかったことです。

 そして、もう一つ加えるならば、あくなき偏差値向上レースではなくて、比較的早いタイミングから「行きたい学校」をベースに、見えない周囲との闘いではなく、自分との闘いに切り替えられたのは良かった気がしています。

 彼女はいくつかの学校見学を経て、2校だけ「ここに行きたい」と言いました。両校共に共学で「自由な校風」と「その前提となる自律を求める」ところが似ていました。12歳ながら自分自身で、決断(地元の公立中学には行かない)をして、ゴール(行きたい学校)を定め、そこに向かって自分のために歩む、世間は他人と比較したがるが、結局は自分との勝負。後で反省したり後悔したりしながら次の決断に進む。そんな経験は今後の人生そのもののプロセスにも重なりました。彼女にとってはどんな意味があったのか。その答えが出るのはしばらく先な気がしますが、きっと糧になる。

 また、「チュウガクジュケンの常識」には「禁止事項」がたくさんありました。「旅行」、「買い物」、「テレビ」、「遊び」、「携帯電話」などを「禁止」「制限」せよ、という話。これも、分かる気もしますが、半分以上は分からなかったので、受験を理由に禁止も制限もしませんでした。集中する時間とそうじゃない時間を作ることは大事。そして、長い受験勉強期間、いかにモチベーションを維持するか、も大事。我が家の場合は、あろうことか、ほとんどの勉強時間はリビングでテレビを見ながらダラダラやっていました。「テレビ見ながら勉強」は最後の1か月はさすがに禁止しましたが、ほぼ2年間、リビングでダラダラやっていたのは事実です。これらも、チュウガクジュケンだからどう、というものではない気がしました。今後の人生を考えたら、極端な禁止令は違う気がしますし、また、集中すべき時はしたほうがいい。流行りのマインドフルネスも一緒な気がします。また、モチベーションがどうしたら続くかは、大人だって何歳になっても考えている人は多い。

 最後に、本命の受験を迎えた1月下旬、私はこんなことを彼女に伝えました。
 ・よく2年間、頑張った。でも、残念ながらこれで勉強は終わらないよ。結局のところ死ぬまで学ぶ必要がある。
 ・受験で成功しようが、失敗しようが、それで人生は決まらない。人生とはそんなに簡単なものじゃない。
 ・でも、これまで頑張ってきたことは絶対に無駄にならない。努力は必ずしもすぐに報われないが、必ず自分の肥やしになるから安心せよ。

 厳しいんだか優しいんだか、我ながらわけのわからない声がけでした。最後の最後まで道のトンネルをがんばって進んでいる彼女に、受験に合格しても「これで安泰だ」と思ってほしくないですし、万が一結果が悪かったからといって「人生終わりだ」とも思ってほしくない。でも、「自分自身で自分のやってきたことは認めてほしい」。これこそ親のエゴかもしれませんが、長い長い人生の一コマに全力投球することの重要性と共に、人生はとても長いよ、ということも教えないといけない。

 なんてことを徒然書きながら、自分自身が娘から、娘の努力から色々教わっている気がしてなりません。日頃の会話で、「パパそんなことも知らないの?」「説明してあげる」というのが増えました。「なるほど」「すごい」と思うことも多い。彼女の進む学校には、どうやら「校則がない」らしい。教育方針も非常に興味深く、これまた私自身が学ぶ機会が与えられたのでは?と、今から楽しみです。

Chibi SKYFinal.jpg8年前のお米作業。この長女(右)ももう中学生。

2020年1月 金沢一人旅行/千葉 修司

新年あけましておめでとうございます。
大晦日、紅白歌合戦で「AI美空ひばり」というパフォーマンスがありました。AI技術を用いて歌や映像を蘇らせる。しかも新しい曲で、いう取り組み。冒涜では?法的に大丈夫か?という心配の声もありましたが、多くの方は技術の進歩とその品質に驚いた、そして感動した、と聞きました。

2019年は「AI元年」と言っても良いのではないでしょうか。これまではAIがどんな分野でどう実用化されるのか?人間の仕事が奪われるのでは?期待も不安もモヤモヤしていましたが、冷蔵庫、掃除機、エアコンなどAIを搭載した消費者用の商品も登場。病気診断、職業紹介、学習紹介アプリなどAIが活躍するアプリも溢れ、私たちの日常生活に一気にしみ込んできた感があります。AIに対する期待が高まると同時に、今後人間に求められる役割、子供に何を教えたらいいのだろう、そんな疑問もよく聞くようになりました。

年の瀬、私は金沢に一人旅をする機会に恵まれました。ずっと実現しなかったSKYのYことヨシタカの自宅訪問が一番の目的でした。東京では中央区に住まい、外資系企業にも長らく勤めていたヨシタカにとって、故郷である金沢での暮らしはどんなだろう。子供たちはどんな表情をしているのだろう。そんなことを思いながら過ごした2日間は、とても味わい深いものになりました。

ヨシタカの次女を、山に囲まれた保育園にお迎えに行った時のこと。金沢市街から遠くないにもかかわらず、自然たっぷりな広大な環境に1階建ての園。その広々とした空間は見渡す限り木材で作られていました。園には遊具がなく、園の室内は坂だらけ。玄関には無農薬の野菜が売られている。飼育されているカモやヤギもいます。園児の数に比べて先生の数がやたら多い。裏山があり園児は存分に遊ぶとのこと。何でも園長先生ご自身が自然生活、サバイバルライフのプロとのことでした。

初めて訪れたその空間に圧倒されながら、ヨシタカの次女と共に一緒に園の外に出ると、外はすっかり暗くなり、真っ青だった空の色も変わり始めていました。外に出たばかりの彼女の第一声は「空の色」について。暗くなり始めた空が何色に見えるか私に教えてくれました。もちろん東京のコンクリートジャングルからも空は見えるし、きれいな夕焼けも見えます。空の色について興味を持つ子もいるでしょう。しかし、この環境で毎日を過ごしている5歳児から素直に発せられたその言葉には、その景色、空間、日々の生活そのものとの一貫性、背景にあるだろう感性、そして基盤としての自然の存在があまりにも感じられ、思わず嬉しくなりました。

★IMG_5025.JPG次女が通う保育園
この保育園に向かう前に、世界的な禅の巨匠である鈴木大拙の記念館も再訪し、人や自然について改めて考えいた私にとってこの保育園やそこで育つ子供と出会えたことは、同じ土地で何かがつながったようでとても心に残る体験でした。この鈴木大拙記念館は、建物内を歩むだけでも涙が出るほど心が揺さぶられるものがありますが、大拙の自然認識の在り方「東洋の「自然」には「人」を入れておる(西洋は二元的で対峙する)」「一言で言うと「自然」にかえれである。「自然」の再認識である」また、神の存在の説明の中心にも人や自然がくる、その教えはあまりにもすっと腹に落ちました。

IMG_4224.jpeg鈴木大拙の記念館
旅の目的であるヨシタカの自宅は、リビングから日本海が望める小高い丘に建っていました。窓が大きく、朝日や夕日がたっぷり。自宅に登るためには美しい並木道も楽しめました。はなれに宿泊させてもらった翌朝、長女・次女に自宅周辺の散策に連れて行ってもらいながら、ヨシタカはここでしか出来ない時間を過ごし、ここでしかできない子育てをしているんだなあ、と感じ入りました。ヨシタカとは前夜久々に酒を酌み交わして話しました。今、何を子供に伝えればいいのか。どんな力が必要か。

IMG_0212.jpeg近くの並木WR8EQrbf.jpeg朝日が注ぐ食卓。窓のむこうに日本海
AIは想像以上に人類に便利な生活を、これまで見られなかった世界を見せてくれそうです。多くの「面倒だけど必要な仕事」も人間がやる必要はなくなります。人類史上初めて、食べるための仕事が不要にすらなるかもしれません。恐れることはない、大歓迎です。
一方で、人が育つという意味に置いては、大事なことは1000年前、1万年前から変わらない、そして今後も変わらないという思いも強くなりつつあります。パワーポイントづくり、ロジカルシンキングが得意とかそういうことではありません。どんなに便利に、合理的に、面倒な作業が自動化されても、生きていくという営みにおいて必要となる人間の感情の在り方、コントールできる力。心の成長という観点は何も変わらないだろう。鈴木大拙が言う、悟り=これでいいのだ、と思えるために必要な悩みのプロセスはきっとこれからもあまり変わりません。

SKYが活動を開始し11年が経ちました。最近は次の10年を考えるようになっています。あと10年すると僕たちも50歳になります。創業当初から、農業・環境・教育、と話してきましたが、次の10年は教育を見据えたいな、と考えています。お米同様のライフワークにしたい思いでいっぱいです。

皆様にとっても素敵な2020年になりますように。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2019年12月 敢えて逆のこと/千葉 修司

敢えて「逆のことをする」ことで、目的に近づくこともある。先日、銀歯が剥がれて数年ぶりに歯医者にかかりました。治療の最後に歯石除去をしてもらい、歯磨きのアドバイスをして頂いた時のこと。驚くべきアドバイスを頂きました。奥の歯を磨くのが下手で、歯垢がたまりやすくなっていたので、どうやって奥の歯を磨くのか?という問いです。私は一生懸命に口を大きく開けて口の奥に歯ブラシを入れようとしていたのですが、アドバイスは真逆で「口をできるだけ閉じること」だったのです。

 口を大きく開くと、口が縦に伸びて両サイドが固くなり、口の形が固定されます。一方で、口を閉じることで、頬の筋肉が柔らかくなり、口が大きく横に広がることで、歯ブラシが奥まで進むことができるというものです。やってみると、確かに、今まで届かなかったところまで綺麗に磨くことができました。

 この歯医者での出来事は、もう一つの同様の体験を思わせました。それは、中学時代のバスケットボール部で教えてもらったことで、いまだに私が生きる上でとても大事にしていることです。
 バスケのディフェンス(守り)には、「マンツーマン」という基本的な方法があります。バスケは5人対5人で行うのですが、「マンツーマン」とは、各人が誰を守るか一人一人決めて責任を持つやり方です。ご存知の通り、バスケットボールは1つ。この方法を採る時に、非常に大事かつ難しいことの一つが「ボールを持たない相手を守っている時に、ボールを持っている相手(ボールマンと呼びます)と自分が責任をもって守る相手(この時はボールを持っていない)の両方を同時に見なければいけない」ということです。なぜなら、ボールマンが味方のディフェンスをドリブルで抜いてきたら、代わりに守らなければなりませんし、戦局として常にボールがどこにあるかを意識することが重要だからです。

 この時のもっとも効果的な方法は2つで「①どちらも見ない(目の焦点を当てない)」「②後ろに下がって視界を広げる」です。今回の歯医者のストーリーでは特に①を思い出しました。何にも焦点を当てないことで、視界を広げて逆に二人共に見ることができるというものです。
 いつでも物事を俯瞰的に、そして客観的に見たいと思うもの。しかし、意識をすればするほど難しい。逆の方向にいくことも多いです。
 敢えて「口を閉じる」「見ない」ことで、目的達成に近づくこれらのストーリーは、「さかさまも考えてみる」「敢えてフォーカスしすぎない」「ゼロベースで考えてみる」「目に見える沢山のものではなく心で判断してみよう」など、色々なことを私に教えてくれています。
 2019年も師走。今年を振り返ろう、来年は、など力を入れて考えたくなる時期ですが、今年は、敢えてリラックスして目を閉じてみようかな、と考えています。1年間ありがとうございました。どうか良いお年をお迎えください。
 (写真は先日アメリカ出張のときに観戦してきたNBAの試合。感激しました!)

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2019年11月 日本ラグビー観戦記/小木曽 研

 このお便りが届く頃には優勝国が決まっていると思いますが、アジアで初めて開催されたラグビーワールドカップ2019日本大会。日本がベスト8進出をし、今年の日本のスポーツ界の話題をさらう盛り上がりを見せましたね。ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
 私は選手としてラグビーをしたことはないので、多くは語れませんが、幼少期から父親に連れられて毎年日本選手権に足を運びラグビーを見てきた、隠れラグビーファンです。ラグビーのルールや歴史は他書に任せるとして、ラグビーが最近ビジネス界や教育現場でも注目されている、というニュースを見て、この視点なら自分も共感点が多いので、今月は流行に乗り、私が筆を取りました。

 ラグビーはスポーツの中でも番狂わせが起きづらい、と言われてきました。体格がモノを言う部分が大きく、日本国籍者以外の選手を代表としても(ラグビーでは一定条件満たせばOKです)、長年勝てませんでした。前回大会で強豪南アフリカに勝ち番狂わせを起こし、今回大会での躍進ができた背景には、緻密な戦略と戦術、それを実行すべく積み重ねた努力があったと感じます。
 大会でのベスト8(目標設定)に対して、今不足している戦力は何かを確認し(自分たちの現状理解)、選手の選抜や起用・どう攻めどう守るかの戦術・他チームの強み弱みを見極め(勝つための戦略)、日々の練習や合宿でのトレーニングで鍛え、できない部分は改善してまた練習を継続し(勝つための仮説検証、PDCAを回す)、強い達成意欲を持って実行し、勝利する(信念、目標達成)。
 目標達成に向けた取り組み、という点ではラグビーでもビジネスや教育でも成功の陰では同じステップを知らぬうちに実行していると思います。今回日本代表の軌跡が報道されてますが、表には出てこない弛まぬ努力、日々の積み重ねが大舞台での目標達成を可能にしたのではないでしょうか。

 ラグビーが規律を重視し、フェアプレーや自己犠牲の精神が大事という点が日本人のメンタリティにも合い、かつ、他国の選手や観客を歓迎するムード作りという点でも日本の強みを発揮したスポーツの祭典になったのかな、と思います。
 今回、日本代表のチカラメシになったと言われるのが、「北出丼」と呼ばれる北出選手が振舞った高菜、明太子、しらす、ネギ、卵をごはんの上にかけて混ぜて食べる、という丼。日本代表の活躍を陰で支えたのが日本のお米。
 皆さんも、ラグビーの余韻に浸りながら、新米で北出丼をお試しいただければ幸いです。

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2019年6月 ラボ・パーティとわたし/小木曽 研


今月は私、小木曽が幼少期から社会に出るまで活動したラボ・パーティ(https://www.labo-party.jp/)の
ご紹介をさせてください。

▶ラボ・パーティとは

独自で開発した英語教育プログラム「ラボ・ライブラリー」を「チューター」と呼ばれる先生が運営・実践する英語教室(「パーティ」)。現在、全国各地に展開し、チューター数は約800、パーティ数は約2,000。
パーティは0歳から大学生まで年齢の垣根を超えて一緒に活動することも多く、コミュニケーションが活発に行われる環境であることが特徴。季節ごとに行われるキャンプや、海外ホームステイ・プログラムも充実している。
教材CDは「ピーターパン」「トムソーヤ」「西遊記」など世界で有名な絵本や児童文学を素材としており、英語と日本語の音声で収録されている。自宅でも「楽しんで繰り返し英語を聴く」ことで、「生きた英語」が自然と身に付く。
「テーマ活動」と呼ばれる英語劇を演じるグループ活動があり、年齢の異なる子どもたちがストーリーを話あいながら組み立て、父母などの観客の前で発表する。このことで英語習得のモチベーションが一層高まり、英語力だけでなく表現力が育つ。
そのようにプログラムは、「聴く→想像する→思考する→話し合う・協力する→表現する→共有・共感する→聴く」という英語教育の各要素が立体的につながり、スパイラルな状態で子どもたちのコミュニケーション能力を向上させる構成になっている。単なる英語の語学教室の枠を超え、社会のなかで活躍できる力を身につけることを主眼としている。

▶私は17年間こちらでお世話になりました。毎週先生の自宅に通い、異なる年齢の学生と、時には来日した海外の学生とも交流しました。反抗期で辞めたい時もありましたが、周囲の仲間、先生方、家族に支えられ、中学生でアメリカにホームステイ、日本での受け入れ、大学時代に中高生の引率者としてホームステイに帯同、国際交流イベントの企画運営、気づくと17年間どっぷりと活動に浸かり、自分の人生において不可欠な体験をしました。

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▶この活動で体得したのは言語だけではなく、異なる年齢、思考(時に文化や国籍まで)の学生とのコミュニケーション能力でした。自分とは異質なものを持つ人とのコミュニケーションは時にうまくいかず、思い通りにならないことも多いです。ラボの活動では、教材を使って良質な物語に触れ、学生本位で考えをぶつけあいながら、物語の世界を自己表現をしていくことに難しさと楽しさがありました。 1人でやることではないので、コミュニケーション能力が自然と育まれる環境がありました。

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▶私は社会に出てから、外国人との折衝の機会もありますし、日本人同士でもチームで仕事をしたり、短期長期のプロジェクトを進めることも多いです。すべて前に進めるのに困難は付き物。どう自らを受け入れてもらえるか、相手の求めていることは何か、どう合意形成するか、など困難を乗り越える際にコミュニケーション能力が必須であることを痛感しています。

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▶幸運なことにラボの活動ではこの力を子どもながらに身につけられる、しかも外国語や物語を使いながら得られる、という一石二鳥以上の稀有な環境がありました。

▶そして私はこの環境に加えて、先生から唯一、口を酸っぱく言われていたことがあります。それは、「忙しくても辛くても続けなさい」ということでした。自分の性格を見抜いて、その先に何があるかの正解は言わず、私を導いてくれていた。「コミュニケーション能力を鍛えるのにある程度の胆力は必要よ、英語もそんな簡単に習得できるものではないよ、しっかり継続して取り組みなさい。」学生が社会に出て、活躍する上で求められる力に対して先見の明があった、そう思います。

▶先日先生が享年91歳でこの世を去りました。お別れの会で先生が残したメッセージには戦争という不遇な経験を経て、自身の教え子のために自分の人生を捧げ、その教え子が社会で活躍することへの期待と感謝の念が込められていました。

▶教え子である私にできることはメッセージのとおり、どんな形であれ、社会で活躍することかな、と思っています。続けることで得られる価値、喜びはお米の活動でも実感しています。先生からの教えをお米の活動にも還元できるようこれからも感謝の念を忘れず取り組みたいと思っています。

2019年5月 栗駒たより/千葉 冨次男(物流センター本部長)


(わたしたちのお米を保管し、全国へ発送する拠点は宮城県の栗駒というところにあります。千葉の実家です。そこに保冷庫と精米機があり、日々千葉の両親が精米/発送作業に勤しんでくれており、私たちの活動の屋台骨です。今月のお便り、そんな千葉の父に書かないかと打診をしたところ、「精米作業と日本酒についてお伝えしたいとのこと。ご一読いただけますと幸いです。)
IMG_0751.jpg千葉(左)とその両親

▶精米作業の雑感

精米作業は、精米の白さや輝き度合のチェックを繰り返しながら、精米ダイヤルを回しています。保冷庫は1年を通じて、エアコンにより12℃~13℃に設定。
これで玄米は最低でも1年間は9月~10月収穫時の新米の新鮮な状態を保ちます。そして、精米機をスタートさせ、精米の白さや輝き度合をチェックしながら、ヌカと胚芽を取り除きます。精米作業時には、甘い精米の香りが精米室に漂います。会員の皆様へ美味しいお米を届けるために、精米度合のチェックを繰り返しながら、精米ダイヤルを回しています。毎回、「美味しい米が会員の皆さんに届きますように」と願いながら。
IMG_0746.JPG精米機には手づくりマニュアルがギッシリSN3P0050.jpg精米したてのお米

▶おこめと日本酒

おいしいお米の産地にはそれに欠かせぬ美味しい雪解け水があり、必ず美味しい地酒があります。
五十嵐さんの宮城県栗原市には栗駒山(須川岳とも言い、宮城、秋田、岩手の3県にまたがる)が、黒沼さんの山形県村山市には葉山が、小池さんの長野県木島平には高社山が、川上さんの新潟県小千谷市には八海山や越後駒ケ岳があります。それぞれの地域の山から冬に積もった雪解けの冷たい水がじわじわと田んぼに流れ、美味しい身のしまった米ができます。しかし上流エリアにある田んぼの収量は1割から2割、下流の地域より少なくなります。下流のぬるんだ水ほど収穫量をアップするので、上流の生産者はその美味しい分だけ高く販売できれば助かるのでしょうが、あまりうまくいっていません。
先日、地酒の利き酒会「栗原の地酒を楽しむ会」に行ってきました。
IMG_0749.JPG栗原の地酒を楽しむ会には多くの人が参加IMG_0753.JPG栗原の地酒。「栗駒山」、「薙の鶴」など

美味しい米を利用した地酒もまた大変美味しいものが出来上がります。日本酒好きにはたまらないですね。しかし飲み過ぎには要注意です。写真は先日、栗原市で行われた地酒の利き酒会「栗原の地酒を楽しむ会」の様子です。仙台や地元の日本酒好きの方がほとんどでしたが、関東の方も何人か来場していました。もちと料理も付いて、午前11時から4時間次々と飲み比べをするので、もう最後はどの酒がどれだったかわからなくなる位酔いしれてしまいました。毎年開かれると思いますので、興味のある方は東北の旅行を兼ねて、ぜひどうぞご参加ください。ご連絡をいただければ情報を流します。

2019年3月 俱楽部会員様限定 新しい品種をお届けします!「ゆうだい21」


 今月お届けするのは長野県木島平村、小池さんの「ゆうだい21」という初めての品種になります。これまで小池さんとは「こしひかり」をお取引しておりましたが、一昨年「新しいのを作ったんです」といわれ、この「ゆうだい21」を試食させてもらいました。なんでも宇都宮大学が開発したものだとか。見た目のつや、甘み、粘り、どれも申し分なく、ぼくたちはすぐに取引させていただきたいとお願いしました。いろいろなお米を食べさせていただく機会がありますが、ここまで声が揃うことはなかなかありません。さすが小池さん、丁寧に育てたからこその「品の良さ」みたいなものをお米に感じました。しかし一昨年は少量生産だったのでお取引はできず。待つこと1年、昨年の新米でついに確保してもらいました。数に限りがあるので、本俱楽部会員様だけのお届けになります。ご賞味いただき、ご感想をお待ちしております!

2019年3月 コギソ日記〜住みたい街ランキング/小木曽研

 先日、ある建設会社が発表した首都圏の住みやすい街ランキングで、私の住んでいる場所の最寄駅が第3位に選ばれました。テレビでも放映されたようです。つぶやきのアプリケーションサービスTwitterでは第3位という情報に賛否両論でしたが、普段生活している身からすると確かに住みやすく、子育てに最適だと思える部分が結構あります。
 一方で勘ぐった見方をすると、然程都心にあるわけでもないので利便性は高くないので、建設会社の保有する売りたい物件が沢山あるのではないか、そのための情報では、と思ってしまいます。

 ただ、少なからず、この情報によって世間の注目を浴びたことは事実です。子育てに最適の街と評されたことによって今後移り住む人も増えたり生活に必要なサービスが拡充されるなどのメリットも享受できるかもしれませんが、都内のタワーマンションが乱立した場所のように祭り上げられ、通勤ラッシュ時に駅に入れない、子どもが安全に遊べないといった住みにくい街になる気もしており一概に手放しでも喜べません。

 1つのこうした情報も送り手の意図と受け手の意図が合致すれば大きな価値を生むものになると思います。ちょうど住む場所を探していた人からすれば最適なタイミングでしょう。今回の私の住んでいる場所は「子育て環境推し」だったので、子育て世代にはピンポイントで刺さる情報だったと思います。この情報を知っていたのと知らなかったのでは大きな差があるかもしれません。

 テクノロジーの進歩や生活スタイルの変化によって情報の量、質、入手手段がこの10年ほどで劇的に変化しました。ネット上で検索して情報をある程度入手してから実際の店舗に行って購入する、という行為は当たり前、今ではネット上の情報のみで購入に至るネットショッピングも普通の購買行動になってきました。
 実際に購入したものが手元に届いて想像していたものと違うな、失敗したな、という気持ちになることもありますが、昔なら考えられなかった、この失敗も良しとするような世の中になっているようにも思えます。

 情報の受け手であり購入側にとって、情報収集能力や購買への見極め力のようなものも身につけないといけない、というのも一側面としてはあるかもしれませんが、一方で情報の送り手であり販売側にとっては受け手の気持ちになって、情報を整理し伝達し価値を感じてもらわないと購入してもらえないのが現実であり、そこをサボってはいけないなと思います。

 私たちは提供しているお米の仕入れを決める際に必ずサンプル米を入手して少なくとも3人以上の舌で食味をした上で誰もが美味しいと思ったものであり、私たちの持っているラインナップにプラスになるお米だ、と思わない限り仕入れないという方針でやらせてもらっています。

 私たちがご提供しているお米に皆さまが何らかの価値を感じて買い続けてくださっていることに感謝の意を込めるとともに、私たちは常に農家さんからお預かりしているお米を皆様に価値あるものとして、楽しんで美味しく食べていただくために情報を整理して適切に伝達していかなければならないな、そのためにもこの通信も1つの手段として有効に活用していきたい、と思っています。

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2019年2月 チバ日記〜こたえのあること、ないこと/千葉修司


SKYのSこと千葉です。先日、こんなことがありました。小学5年生の長女が、「うちの学校は冬でも体育は半袖短パンじゃなきゃダメなの。ほんとに嫌。」と憤っている。
それを聞いた私はにわかに信じられず「本当に?先生には、なぜ上着を着ちゃダメなのか聞いたの?」と言いました。

時々学校を通りかかると、朝から子供たちが半袖短パンで校庭を駆け回っている姿を目にするような学校です。江東区で最も校庭が広いのが自慢で、朝も授業の前に必ず外にでないといけないというルールがあるらしいのです。
娘の問いに対してどんな返事がくるか、私もワクワクしていたのですが、その答えはあっけないものでした。担任の先生曰く「そんなルールはない」とのこと。その後、娘をはじめ少しずつですが、体育の時間に上着を着る生徒も増えたそうです。
先週は娘たちの学校公開(少し昔は、授業参観と言いましたね)に参加しました。道徳の授業が印象に残っています。「本当の自由」というテーマで、とある国のわがままな王子様が自由奔放にふるまった結果、国が荒れて、自身も牢屋に入り、そこで改心したという話。
物語を題材に、子供たちが議論をしていました。多少の議論のテーマの誘導はありましたが、そこには、どうあるべきという解はなく、一人一人が自由に発想し、思い思いに発言をしていました。概ね、「自由の前提には、最低限のルールは必要である」という方向に議論は進んでいましたが、そこに行きつくまでの議論や先生のファシリテーションは見ごたえがありました。
一方で、娘にその後感想を聞くと、「本当にそんなに早く、人間の心は変わるのかな?」と疑問を持っており、私は「そうだよね。もう少し言うと、この王子がどうしてこんなにわがままになったのか、その背景も知りたいよね」と話しました。

世の中の物事を、非常に大雑把に「普遍的にみんなが大事にした方が良いこと」と「ケースバイケースで、答えのないもの」に分類して見た時に、学校の教育(少なくとも公教育)においては、「前者」の割合が大き過ぎる気がしています。本当は「後者」の状況によりけりなことがもっともっと世の中多いのに。答えのない世界の中でこそ「自分自身で考える力」を養うチャンスは転がっているのでは。
一方で、少なくて良いはずのその「前者」はもっと大事にしていいとも感じています。色々な国のいろいろな会社の方と一緒に働いていると、いきいきと良い仕事をしている人たちには共通していることがある気がしています。

あいさつをする。他者の尊厳を大事にする。人の話を聞ける。自分の意見を持つ、などそういうシンプルなものです。しかし、そこは逆に徹底されていない気がするのです。一方、社会に出ると今度は逆で、会社単位でみると「前者」の会社として大事にする価値観のようなものの割合はもっと大きくて良いのに、それが大事にされていない。会社員はどの会社で働くか選択の自由が広がっている今、会社の人格を示す上で大事なのではないか。

SKYのこれまでの10年間の活動を振り返ると、コメを取り巻くバリューチェーンや、サラリーマンの働き方、などのテーマの中で、前述した「前者」を大事にしながらも「後者」の答えのない世界を旅する楽しい体験が多くありました。これからも自分自身、考えられるヒトとして成長していきたいな、その楽しさや豊かさを子供たちに伝えていきたいな、と感じた1月でした。

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2018年12月 農家さんツアー2018(後編)/嘉門佳顕

山形県の村山を後にして、千宮城県の栗駒を目指します。五十嵐さんのおうちと、千葉の実家があります。約100kmの東北の背骨をまたぐ山道で3時間弱ほどかかります。すっかり見慣れた日本の原風景。いつも同じところで目が止まり、同じように美しいと感じます。山と川とそれにかかる赤い鉄橋のところ。でもなぜかを表す言葉はまだ見つかっていません。

3人で話す内容、今年のメインは高齢化と介護施設について。ぼくにとってホットな話題だったので、詳しい小木曽にいろいろ聞きました。聞けば聞くほど深刻な現状が分かってきます。お金持ちは数億円の前金を払ってホテルのような施設を予約している一方で、入れずに老老介護になって家族が悲鳴をあげている場合もある。働く側も慢性的な人材不足で労働環境は過酷。どこでどう死にたいか。そのテーマを真剣に考えていない、むしろ遠ざけようとしている自分に気づきました。
途中にちょうど鳴子を通ります。道中で温泉に立ち寄るのも最近は楽しみになりました。ここ数年は農家さんから教えてもらった「しんとろの湯」という地元から親しまれている大衆浴場に行きます。建物の周りにモクモクと煙が上がっています。源泉が外で冷やされているのだそうです。そしてそのまま薄められずに浴槽に流れ込んでいるのだとか。お湯はびっくりするくらいトロトロで、肌にしみこんでいって、スベスベになります。

栗駒につくと、今年は千葉が「伊豆沼」というバードウォッチングの聖地に連れていってくれました。視界に入りきらないような広大な沼で、ラムサール条約にも登録されています。夕暮れ時、何万羽という鳥が羽を休めに列をなしてここに帰ってきていました。どの群も見事な隊列で、先頭の鳥は毎回同じなのか、どうやって決まるのか、いろいろ疑問が出てきます。翌朝、一斉に飛び立つ瞬間が圧巻で、多くのカメラが並ぶそうです。たしかにド迫力だろうな。

五十嵐さんのお家にご挨拶に行きました。今年の夏は雨が降らなくて心配だったが、味はいいものになったとおっしゃっていました。ただ収量は昨年の10%減。「今年はつや姫にも挑戦してみたんだ、食べてみろ」とおすそわけしてもらいました。新しい品種はいろいろ各地で出てきていますが、味もさることながら、米価に反映するブランドを築くことに成功したのは「つや姫」が頭一つ抜けているのだそうです。
千葉の実家につくと、ご両親が待ち構えてくれていました。もはや自分の親よりも顔を合わせる関係になっています。ここがぼくらのおこめの発送の拠点です。保冷庫があって、二人が毎週精米から発送作業の全てを担ってくれています。まさに心臓部です。今年は初めてここ数年の在庫などなどのおこめもおかげさまで全て完売し(祝!)、昨年のように「余ったお米はどうするんだ」と千葉の父から糾弾されることもなく(いつも保冷庫に足を運んで積み上がり、出て行く先が見えない米袋を目の当たりにすると無理もありません)、ほぼ雑談でした。千葉の母が用意してくれる美味しいご飯とお酒に舌鼓を打ち、穏やかで楽しい時間が過ぎていきます。

千葉の父が般若心境を持ち出してきて「色即是空」がテーマになったり、ここでも人生の終わり方がテーマになりました。「むかしのお坊さんは、死期が近づくと山にいって閉じこもり、庵で断食し、村人から届く水だけで生活するようになる。水が減らなくなると、村の人は「成仏なされた」と拝み、それがミイラになって今も残っているものがある」という話が印象的でした。死を遠ざけようとしているぼくに対して、お坊さんは最後、近づけるのか。

佐伯胖さんの『学ぶということの意味』のなかに、次のような文をみつけました。
「学ぶということは、予想の次元ではなく、むしろ希望の次元に生きることではないだろうか。(中略)ともかくよくなることへの信頼と希望の中で、一瞬一瞬を大事にして、今を生きるということのように思える。(中略)死を前にした人に希望があるということは、死を前にした人が「学べる」ということを意味するのであり、逆に、死を前にした人が何かについて学べるとしたら、それは死を前にした人にも希望の世界がひらかれているということである。」

食べ過ぎました。翌週末はフルマラソンが控えているので、気休めに2人を誘って散歩に行きました。「熊がいるから、アスファルトの道路から外れるな」と千葉の母。おかげで熊には遭遇しませんでしたが、飼われている牛が鳴いていました。千葉の両親も元気なままでいてほしいし、ぼくたちもまだやりたいことがあるので、変わりゆくものはあれど、このままが続けばいいなと思いました。まだお坊さんのようにはなれなさそうです。でも、共通してあるのは今という時間であって、そこにヒントがありそうな気がします。
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2018年11月 農家さんツアー2018(前編)/千葉修司+小木曽研


 今年も行ってきました。秋の農家さんツアー。これで記念すべき10回目。感慨深いです。自家用車で合計1000キロを2泊3日で駆け抜けます。今回は全4農家さん(長野、新潟、山形、宮城)+千葉の実家(物流センター)にお邪魔しました。

 SKYも10年歳を重ねました。農家さんも同様です。3人の車中の会話も内容が年々変わってきました。これまでのSKYの振り返りはいつも変わりませんが、子育てのこと。家族のこと。サラリーマンとしての仕事も役割が変わってきている中で、今後のこと。世の中の事象に対する見方の共有などなど。毎週、電話会議はしていますが、顔を合わせるとやはり違いますよね。

 さて、今回も初日は、長野県木島平村、小池さんを訪ねるところからスタートしました。秋晴れの良いお天気の中、ちょうど稲刈りが終了された小池さんのお顔には、1年の大仕事を終えた安堵の表情を見ました。今年1年の農作業のこと、新たに投資された農機具や、作業場の配置換え(これにも一つ一つ工夫が重ねられています)など毎年丁寧に教えて下さります。そして、恒例のランチに近所のステーキ屋さんを訪ねましたが、これまた、旨い!体を気にする小木曽と嘉門はヒレを。小池さんと、最近お腹が出てきた千葉はサーロインを。このお肉を東京で頂いたら3倍はする、という代物でした。お肉に舌鼓を打ちながら、農業の未来、課題、夢、これまた子育てのこと、村の未来など、話が弾みます。今年は減反のお話、AI・機械化のお話、またお米業者のお話など、話は多岐にわたりました。いつも小池さんと会話していて感じるのですが、常に、農業全体の課題もみつつも、個別の課題に丁寧に対処していらっしゃる。結果的には、大きく経営判断をされて、仲間を巻き込み、ぐいぐいっと道なき道を進んでいらっしゃいます。
 森も見るけど、木を大事にする。森だけ見ても農業の世界は課題がたくさんあり、なかなか良い解決策が生まれない気がします。こうして、個別に思いがあり、行動される農家さんが新しいヒントを生み出し、それが森に還元されると良いな、そんなことを獏と感じた時間でした。笑顔で送り出して下さった後は、この村の名物、馬曲温泉で汗を流し、色づき始めた山に、大地に元気をもらって、新潟に向かう旅路につきました。
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 新潟は小千谷、到着するころには日が落ちかけていました。こちらもちょうど収穫が完了された川上さんから開口一番に頂いたのは「今年もとてもおいしいお米ができました」という嬉しそうなお言葉と同時に「今年は大変でした」と。伺えば、92歳になる大ベテランのおじいちゃんの体調が良くなくて、稲刈りはすべてご自身でやられたとのこと。しかもそれは、平日のサラリーマン業務をされながらです。稲を刈るだけではありません、乾燥機にかけて、その後袋詰めを行う。この長きにわたる重労働をお一人ですべてこなされたとのこと。作業は深夜にわたり、朝方に終えて出勤する毎日だったようです。それを伺うだけで、お米一粒一粒に対する思いが増してきました。おじいちゃんは入院される前日まで田んぼに毎日いかれたとのこと。もう二人の親になられた川上さん、逞しい体、そして優しい視線の先には、ご先祖、おじいちゃんが継続してきた田んぼに対する思いを感じずにはいられませんでした。今後、お米作りを継続するための体制について考えてらっしゃいました。たくさんのサツマイモのお土産も頂き、豊かな土地、そしてそれを耕し続けた人の営み、思いを感じて初日の宿泊先、新潟市を目指しました。(千葉)

・・・・・

 2日目。昨日とはうってかわって快晴。早朝に新潟を出発して一路山形へ。山形県村山の黒沼さんとは私たちが最初の仕入を始めた時からのお付き合い。ご自宅を訪問して新米のあきたこまちのおむすびをいただきながらの談笑も楽しみの一つです。「もう10年ですか、よく続けられてますね」と言われるほど長くお取引きさせてもらっています。
 今年は村山の夏も他地域と同様に暑かったようですが、他地域では頭の痛い水不足問題もこの村山の山の内地域では皆無だったようで、名峰葉山は冬の豪雪の雪解け水を今年も変わらず田んぼに注いでくれたとのこと。
 ここ10年で、農家の倅は、山形の中部にある豪雪地帯の村山から天童や東根というやや南部に移り住む方も多く、田んぼを守る方も減っているようですが、一方で獲れたお米のお届け先は、農協を介さずに消費者へお届けする割合が増えているようで、我々もその一端を担っていますので、このお米の魅力を変わらずしっかり伝えていかなくては、と心を新たにしました。
 お昼は恒例のお蕎麦屋さん「おんどりそば」にて。仙台からもわざわざ食べに来るという隠れた名店。山の内のエースである井上さんも最後は加わって今年の収穫も無事に終わったことをお聞きし、また1年よろしくお願いします、とお伝えし、山形を後にしました。(小木曽)

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2018年9月 3人のこと/嘉門佳顕


 ぼくたちが3人で会社をやりはじめて、おかげさまで10年になりました。千葉、小木曽、ぼくの3人は、もともとは2組でした。千葉と小木曽は同じゼミの友人、千葉とぼくが同じバスケサークルの友人という関係で、小木曽とぼくは社会人になるまで出会ったことはありませんでした。

 千葉と出会ったのは1998年、たしか板橋の小豆沢体育館でした。不思議と最初から馬が合いました。お互い田舎で育って都会に出てきて、ギスギスしてなにかに飢えていて、そのくせ寂しがりやで。そのあたりに相通ずるものがあったのかもしれません。よく飲んで、語って、そして喧嘩をします。一人っ子のせいか、ぼくは人との距離を縮めるのがヘタでして、喧嘩なんてもってのほかです。とてもする勇気がありません。喧嘩をするときは絶交するとき、そのくらいに思っています。そんなぼくが、喧嘩しても付き合いを続けている友人は地元の親友と千葉、この二人だけです。兄弟がいないぼくにとって、家族的な絆を感じる最も身近な存在です。

 小木曽と初めて出会ったのは、2006年の高田馬場の居酒屋でした。友人たちの中で最も早く婚約をした千葉から、結婚式の幹事をしてほしいと指名され、そのキックオフ会でした。たまたま向かいの席に座った小木曽は、当時広告代理店に勤めていて、プー太郎だったぼくには眩しすぎる輝きを放つ、垢抜けたシティ・ボーイでした。だけど、ギョウカイでブイブイいわせてる人にありがちなイヤラシサみたいなのは皆無で、むしろ初対面ばかりが集められた10数名の場を、一人一人に気を使いながら、自分を前面に出すことはなく、それぞれのうまくキャラクターを引き出しつつ、そして盛り上げる。だれにも寂しい思いをさせず、その場の空気を絶対に壊さない。きめ細やかな配慮と巧みなコミュニケーションができる男でした。ぼくはすっかり魅了されて、すぐに意気投合しました。その後は千葉が臍を曲げるくらい、毎週のように新郎そっちのけで小木曽と会い、初めての幹事業に熱中しました。千葉の結婚式が終わったあとも、その幹事をしたメンバーが結婚するたびに小木曽と組んで、何度も幹事をやりました。そのどれもが楽しくて、雰囲気がよくて、盛り上がった。こいつともっと一緒に何かやりたいな、そう思うのも自然なことでした。

 「おいしいおこめのおすそわけ」も、千葉がきっかけです。飲んだ帰りのタクシーで、「東京に来てさ、お米って、ほんとおいしくないんだよね」と呟いたことから始まりました。ただ、千葉とぼくの二人だけだと、喧嘩してすぐ終わってしまいかねない。うすうす二人ともそれが分かっていたのでしょう。迷いなく、小木曽を誘いました。小木曽も、すぐ快諾してくれました。親友が戦友になった瞬間でした。

 実際に活動を一緒にやってみて、3人のバランスは「いい塩梅」でした。ぼくの中ではよく”the ALFEE的”と呼んでいますが、キャラクターも違うし、得意なところがバラけていて、役割分担が自然と決まります。頼りにされ、自分の能力を活かすことができている。そう素直に思えたのは初めてで、どの挑戦も、手応えがありました。

 それぞれ別の会社に属していますし、報酬はなく、ボランティアです。それでもいいのです。普段の組織人としての自分とは違う新たな自分を見出して、世界が広がる。それが得られるだけで十分だし、それがまた自信になって、報酬をもらう仕事にもいい効果をもたらします。

 起業のとき、3人で交わした約束があります。ぼくが言い出したのですが、「友情に傷がつかないようにしたい。そのときは、やめよう」。彼らにはぼくの葬式の幹事をしてもらわなければならないので、そういいました。ただ、会社の成長を目指す上では、甘い態度だったかもしれません。おかげで、ビジネスの規模は変わらずの低空飛行です。

 が、今ではそれでもいいと思うようになりました。お客さまに農家さん、一人一人のお顔が思い浮かぶ範囲で仕事ができて、「ありがとう」がすぐそばにあって、直截的なやりがいがあります。そして、3人は変わらず友達のままです。

 千葉、小木曽も申していますが、ここまで続けてこれたのも、多くの友人・知人の支えがあってこそです。上で書いた地元の親友のように、多くの友人が何年もお米を買い続けて応援してくれていますし、この活動のおかげで出会えた素晴らしいご縁が沢山あります。やってみて、やり続けて、ほんとうに楽しくて、充実した10年でした。
 とはいえ、この活動のビジョンである「1000年後のことは分からない。でもきっと、米は食べている。」からしたら、まだ1%を到達したに過ぎません。まだまだやれること、やるべきことがあります。使命感をもって、3人仲良く、これからも精進していきます。
 引き続き、ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
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2018年8月 スカイアンドパートナーズ10周年に思うこと/小木曽研


 活動開始から10年。"十年一昔"と良く言われますが、言葉の意味は、"世の中は移り変わりが激しく、10年も経つと昔のこととなってしまう。 また、歳月の流れを、10年をひと区切りとして考えること。"らしいです。
 10年前の2008年は、世界金融危機によって日本経済も打撃を受けそれまでのビジネスが大きく変わる節目になった年。iPhoneが発売された年でもあり、その後10年でICT化の流れが加速。今やスマホの無い生活は想像し難い状況です。この年の流行語はDAIGOの”ウィッシュ”や、エドはるみの”グー”らしいですが、今やこれを一発芸として宴会でやる人は少ない。。十年一昔の言葉の意味通り、世の中の移り変わりの激しさを感じます。
 当時、周囲で転職経験者は少なく、20代後半で皆転職をしていた私たちは珍しい部類。千葉も嘉門も多忙で、私個人も海外出張が多く友人評では多忙ながら充実した仕事をしている、でした。が、正直自分の中ではその忙しさを勝手に言い訳として感け、先達のお陰で成立した仕組みの上で泳がせてもらっているだけで、自らの頭で考え、同僚と議論し、意思を持って行動する、という前向きな気持ちで仕事をしている感覚がありませんでした。
 社会人5年目くらいで味わうモヤモヤ感。今では恥ずかしい限りですが、自ら考え行動できることを探していたのでしょう、そんな時だからこそ千葉の誘いを受けた時に迷わず参加しました。あの10年前のことは決して昔ではなく昨日のことのように覚えています。
 活動の際に3人で決めたことの中に、「毎年何か新しい試みをしよう」ということがあり、今では定期的に皆さまにお届けしている仕組み”おいしいおこめのおすそわけ倶楽部”もその一つです。取引する農家さんを増やして ”おいしいおこめ”を食べてもらいたい、という目的を叶える為に、”毎月違う品種のお米が届いたら、比較する楽しみもあるよね”という仮説を立て、違う品種が届くセレクト会員化を模索。マーケットで手売りしたりイベント開催を通してヒアリングし、スモールスタート。出てくる課題や要望に対処しながら、会員さんの好みに合わせて一部をカスタマイズ。そして忘れてはいけない持続可能な製造工程や物流や回収といったオペレーションの構築、、など、今でこそそれっぽく書けますが、最初からキレイに整理なんてされず、当初は自分たちでコイン精米機を陣取って精米をし、丸一日掛けてパッキング対応し郵便局に持込む。頭を使わずとにかく身体で勝負していました、、その途中でギックリ腰にもなりました(笑)
 大きな組織では考えられないことですが、自分たちで考え決定し即行動できる、それを体現できるのが私たちにとってはこの活動だったのだろうと思います。今ではこの活動と各人の仕事の両方がライフワークとなり相互に刺激しあっています。継続できているのは、農家さんが作ってくださった”おいしいおこめ”がお客様に届けられ、おいしい、と言ってもらえること、それをお金をいただきながらできていること、協力してくださる方々や家族がいること、仲間と”あーでもないこーでもない”と議論し続けていることが大きいと思います。この10年続ける中で、時にヘコタレそうになりますが、変わらない幸せとして感じています。
 10年でできたこともできなかったこともあります。この10年の感謝をお伝えすると共に、私たちのビジョンである「1000年後のことはわからない、でもきっと、米は食べている」に向かって、まだ100の1しか達成していませんが、食べていただいた皆さんがおこめを好きでいてくれて、私たちもできる限りおいしいお米を広められれば、まだ見ぬ1000年後もお米をおいしく食べている世界があるのではないか、それを願い、この10年を一区切りとせずに、まだまだ頑張っていきたい、そう思っています。これからもよろしくお願いします。

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2018年7月 お陰様でで10周年を迎えました/千葉修司

高田馬場のルノアール。3人で集まってコンセプトを話し、秋からの販売を決めたのが、2008年7月。
この秋に一人10万円を握りしめて、ハイエースを借りてお米を仕入れにいきました。農家さんがお米を手作りし、消費者が美味しく頂く当たり前のこと。だけど目の前からぱっと消えてしまうかもしれないこの文化を1000年後まで残したい。こんな思いでスタートし、今月で10年が経ちました。

僕たちは概ね、年に一度の合宿をしてきました。その初年度だったと思います。10年後にどうなっていたいか、それぞれが作文をしました。たくさん、夢見がちなことを書きました。今読んだら、赤面することばかりです。20代の若造が会社で覚えたてのビジネス用語を並べて、ビジネスケースを書きました。合言葉は「ドクリツ30」。30歳までに独立したい、なんて夢を語り合っていました。

10年。スタートした時は20代でした。今はもうすぐ40歳。SKYの3人とも人の親になりました。たくさん転職しました。そして、今でも二足の草鞋を履いています。実現できなかったこと、できたこと。振り返ってみました。
・お米の会社で独立すること
・初年度にした原価計算のミスの修正して黒字化すること
・借金を返済すること
・10周年で、家族をハワイに連れて行くこと
これらは残念ながら叶わなかったこと。他にはないだろうか。。あれ、、、思ったよりも、あまり出てきません。

その代わり、振り返ってみると、鳥肌が立つような瞬間がけっこうありました。
・初めて立ったファーマーズマーケットで飛ぶように売れたこと。試食したお客様のびっくりされた顔を見れたこと。
・結婚式のギフトとして受注し、小分けのパックを100~200個を作って並べた時に素直に美しい、と思ったこと。
・3・11の震災後、東京都の助成が決まり、福島のお米を販売したこと。新聞で紹介頂いたこと。
・初めは、懐疑的だったのに、3年後、村中の農家さんが、集って「うちの米も買ってくれ」と言ってくれたこと。
・日本で1番大きな米屋さんと戦ったこと。半値でひっくり返されたけど、でも、契約書も結んでなかったのに、玄米は残ったこと。
・運送業者の値上げ要請に、やむなく業務店様に「もう卸せません(大幅な値上げが必要で)。」とお伝えしたら、「お米にお客様がついているので変えれません。」と言われたこと。
・お前のこと応援するよ、と言ってくれた友人が、ずっと応援してくれていること。
・ファーマーズマーケットで出会い、一度だけ会話し、会員様になってくださった方々に今日もご愛顧頂いていること。
・毎年、農家さんが会いに来てくれることを楽しみにしてくれたこと。悲しい話も切ない話も嬉しい話も聞けたこと。

鳥肌は立たないまでも、良かったこと、まだまだあります。
・経営について勉強したこと。簡単じゃないことを学べたこと。
・実家の家族と一緒に仕事ができていること。
・毎年、美しい田んぼの風景を眺められること。
・生産、流通(一部除く)、販売、消費、全ての流れで顔の見える経済圏が事実存在していること。
・SKYの3人が友人であり続け、家族みたいになったこと。

この10年、お米屋の仕事は僕の精神安定剤であったとも思います。今日のビジネスの現場ではなかなか目に出来ない、契約書のない、人と人の信頼をいつも感じることができました。それを会社の冠を外し、裸で、できたこと。これは大きな自信にもつながりました。

お米を取り巻く環境は、厳しい一途。なかなか光は見えません。高齢化も高止まり。米価は上下していますが、安心して食べれる状況は程遠い。辞めてしまった農家さんも多い。それでも、JAを経由するお米は半分以下になり、お米農家が切磋琢磨し始めた。直接の流通も増えました。

僕たちのようにお米周辺で仕事をする若者も増えました。何より、僕たちが取引させて頂いている農家さんのほとんどでは、若手農家さんがしっかり足跡を残し、文化を紡いでいます。

世の中を変えるような大きなことは何一つできていません。でもこうして振り返ってみると、実に多くのことを学び、味わい深い体験をさせて頂きました。
10年前に作った定款には、「農業」「観光」「教育」の3本柱を書きました。
農家さんが、お客様がいらっしゃる限り、自分たちの力の続く限り、その柱にチャレンジしてみたい、と思っています。
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2018年1月 稲作係長と語らいました/千葉修司

年末に農水省の稲作担当係長と熱く語り合いました。きっかけは、僕の所属するバスケットボールチームの後輩からの紹介で、SKYの活動について知りたいとのありがたい(ちょっと恥ずかしい)お誘いでした。場所は僕たちのお米を歌舞伎町で食べられる名店「樽一」さんにしました。
稲作担当になり1年とのことで、冒頭「仕事はどうですか?」と尋ねると、開口一番「仕事がつまらないのです。誰のためにやっているのか分からなくなりました。」とのこと。もう少し聞いてみると「農家のため?政治家のため?JAのため?官僚のため? 今の農政が誰のどんな将来のために進めているかが分からず、苦しい。しかもその議論があまりなされない。みんな現場のことを知ろうともしていないように見えるのです。そんな中で米農家はどんどん消えていっている。」これまでご担当されてきた青果などの世界では感じたことがない、とても特殊な世界とのことでした。
SKYで10年現場に接してきて、なんとなくその葛藤は理解できる気がします。そして、それこそがSKYを始めたきっかけでしたし、その点で意気投合しました。加えて「僕たちの活動の原動力になったのは、農家さんだけじゃなく、そのお米を召し上がる消費者でもあって、手作業で作るお米、それを味わう文化そのものを残したい、という想いなんです」とお伝えしたら「とても、腹落ちしました!」とおっしゃってくれました。
障壁だらけの日本の稲作業界。文字通りの官僚組織のようです。でも彼は、あきらめません。週末は自費で全国のとんがった農家さんを訪ねてらっしゃる。直接酒を飲み交わし、農水省の人間の肩書きを外して、はじめて、生の声、苦労や要望が聞けるとのこと。今の夢は「たゆまぬ努力を続ける農家さんと消費者をつなげること。それを週末の活動でやりたい。点と点をつなげて、農水省で力をつけた時に、大きく展開したい。」と葛藤の中でも力強く語ってくれました。
気骨に溢れる姿に元気を頂きました。じっくりとゆっくり、でも強いうねりになりますように。
今年活動開始して10年を迎える僕たちにとってもこれまでを振り返り、今後を考えるとても大事な機会になりました。何より気骨のある若者とな会話は楽しくて、飲みすぎました笑。
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2018年1月 農家巡礼:長野県木島平村の小池さん訪問/小木曽研

今月のおいしいおこめのおすそわけ俱楽部は長野県木島平村の小池さんのお米をお届けします。
秋に私たちが訪問したときは、ちょうど収穫の時期だったこともあり、初めてお仕事姿の小池さんを拝見できました。いつもどおりボリューム満点の定食屋さんで美味しいランチを食べながら、2017年米の出来や木島平村のこと、小池さんの近況などをお聞きした後は小池さんの奥さまと一緒に田んぼへ。
そこには立派なコンバインがありました。奥さまにお聞きすると、「1台でお家1軒建ってしまう」とのこと。小池さんが颯爽とコンバインに乗り込み、手際良くどんどんと刈られた後に、「ちょっとやってみます?」と誘ってくれました。それまで本格的に刈ったことなどなく、大事なお米を刈るので緊張したのでしょう、最初はうまくいかなかったのですが、小池さんの手ほどきもあり、千葉と私で4列ほど稲刈りができました。キレイに刈れた時は爽快です。収穫の時期はやはり楽しみと仰った小池さんの思いをちょっと味わうことができたような気がします。貴重な経験をさせてもらいました。
そんな小池さん、毎年色々なチャレンジをされており、今年度は新しい品種「ゆうだい21」を作られ、米食味分析鑑定コンクールの国際大会若手農業経営者部門で金賞を受賞されたとのこと。私たちもおすそわけいただいたのですが、これが美味!すっきりした甘味でお米だけでパクパクいけちゃいます。収穫量がまだ少なく今年皆さんにお届けできないのは残念なのですが、今後機会があればお取引したいと思っています。
今年から生産調整が無くなり、どうなるかわからない中で、毎年が勉強と仰る小池さん。自分のできることをしっかりやって美味しいお米を作ることで安定経営を目指します、と力強いお言葉を頂きました。今年も小池さんの活躍が楽しみです。
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2018年1月 あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
今年は米騒動のあった年からちょうど100年。お米が投機の対象となり、米価格の高騰したことに端を発した民衆たちの反発。内閣が総辞職に追い込まれました。今のご時世ではあまり想像がつかないですが、まだ普通選挙も行われていなかった時代に自分たちで声を上げ、望ましい社会を作って行くんだという気概が行動として現れ、デモクラシーのうねりが生まれたきっかけともいわれています。100年前と比べて、お米の価値はどうなったのか。これからどうなっていくのか。自問しながら、今年もおいしいお米を届けられるよう励む所存です。本年も変わらぬご愛顧のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

2017年11月 農家巡礼:新潟の宿で感じたこと/小木曽研

農家さんを巡る秋の訪問は、農家さんと直接お話ができ沢山の学びを頂ける貴重な機会であると共に、中日本から東日本を縦横断する行程のため、日本の各地域の現状を目の当たりにする機会でもあります。道中の新潟で立ち寄った宿は昨年も利用しました。仲居さんは昨年と同じ方。私たちは覚えていたのですが、その仲居さんは「色々な方がいらっしゃるので、すみません覚えていません」とキッパリ。まあしょうがないよな、と思いつつ、どこか悲しくなりました。
一度行って満足できて、貴重な思い出となれば再度訪れたくなるものですが、その逆は離反につながる。私たちにとってこの宿を選んだのは翌日の行程上ベストな立地だったからで、それ以外は魅力が乏しいのが残念です。仲居さんは激務ですから、顧客管理など管理側のサポートがあればもっと余裕が生まれ会話も弾むようになるかもしれません。が、お見かけした従業員に若年層はおらず、何年もサービスは自ずと硬直化してしまっているのだろう想像されます。今や地方は第1次産業だけではなくサービス業にまで人手不足や高齢化の波が進んでいることを肌で感じました。
既に日本の高齢化率は27%、4人に1人は65歳以上。それはこの宿だけではなく、日本全体で起こっている構造的な変化ですからそこを嘆いても仕方がない。この状況を受け止めつつ、この宿が良くなるには何ができるのだろうと自分事として考えてみる機会だと捉え直しました。
新潟はお米の聖地なのだから、この貴重な資源を有効活用できないものでしょうか(提供されたお米の味はお世辞にも美味しいとはいえませんでした)。お米だけでも思いっきり贅沢な宿ってどうだろう。その時の情報発信はどんな形がいいか、体験型のプログラムはハマるかな、など、お米屋としての改善策を提言できないものか。同じような課題は地方の多くの宿が抱えているはずで、変えるべきもの、変えるべきでないものを見極めながら、新しい価値を生めるように貢献していきたいと思いました。

2017年11月 農家巡礼:五十嵐さんと実家/千葉修司

宮城県の五十嵐さん(宮城県栗原市栗駒地方)のひとめぼれの新米が届きました。実はこのお米、SKYのS、千葉の実家の田んぼで育てられて収穫されたお米です。いわば、SKYの活動のきっかけになったお米でもあります。
今、私の実家の田んぼは、千葉家のお隣さんである五十嵐さんに農作業をお願いしています。五十嵐さんは栗駒の中では比較的大規模にお米作りをされているお米作り名人であり、そして、しっかり後継ぎ(ご長男)もいらっしゃる希望の星。
私にとっては、その五十嵐さんのご長男とは少し年が離れていることもあり、昔から少し遠くにいる憧れのお兄さんでした。すらりと背が高く、おしゃれで、優しい。そんなお兄さんが、今や、日々田んぼで汗を流し、浅黒く日焼けしたがっちりされた姿でご実家の農業を継がれています。今も変わらず、すれ違
うたびに、気持ちの良い挨拶。「お米おいしいです」とお伝えした時には本当に嬉しそうな笑顔を見せて下さる、そんな農家さんです。
先祖代々が拡大し、そして守り抜いてきた田んぼの作業をお願いする、ということには、当時、私の家族に色々な葛藤があったことは想像に難くはありません。私にとっても自分が育った、毎日自転車をこいだ田んぼ道。慣れ親しんだ味を作る、栗駒山の雪解け水、化粧品にも使われたという土、そこに降り積もる落ち葉。朝晩の寒暖差も体がしっかり覚えています。
そんな思い入れのある田んぼを今は五十嵐さんご一家にお願いしているわけですが、このお兄さんが日々汗水垂らして作業下さっていることに感謝しつつ、変わらぬ味をお届けしたい、何より自分が食べたい、そう思っているからこそ、毎年SKYで取り扱わせて頂く五十嵐さんのお米は、千葉家の田んぼで育てられたものに限定しています。雨が多く天気も少なく、今年は収量が落ち込んでいる中で、味は例年通りの折り紙付きです。お口に合えば幸いです。
五十嵐さんのお米の紹介はコチラ

2017年9月/樽一さまの新店舗(新宿3丁目2号店)

 千葉です。「食は理屈じゃない、文化である。」多くのコアファンに愛され続けて49年の新宿「樽一」さん。
 お客様に喜んでもらうことを徹底的に考え抜く。毎日全てのテーブルのお醤油さえも入れ替えちゃうお店です。有難いことに僕たちも新店オープンされた4年前から縁あってお米をお使い頂いています。
 そんな樽一さんの2号店が新宿3丁目に8月27日にオープンしました!
 そして、なんとそのプレオープンパーティにお米屋としてご招待頂きまして先んじて新料理長石田さんの美味しいコースのお料理、日本酒の数々を堪能させて頂きました。樽一本店で腕を磨かれた石田さん、新たに料理場を任されるお立場になったわけですが、緊張感と大きな希望を胸に、とても爽やかな笑顔をされていたのが印象的でした。
 そのパーティのゲストは樽一さんを支えてらっしゃる食品業の皆様が中心で、蔵元さん、大手ビールメーカー、酒屋(お酒卸)、鯨屋さん、納豆屋さん、野菜屋さんなどなど、責任者の方が一堂に会され、大いに盛り上がり、皆でお祝いしました。創業時からお付き合いのある方だったり、選び抜かれた食品だったりと、そんな中に交ぜて頂けたことはこの上ない光栄なことです。
 ファンの心をつかんで離さないこの樽一さんですが、お客様のことを考え抜くお店のスタッフの皆様、そして、その裏手にこうして多くのパートナーがいらっしゃり、長年の心づき合いがあり、よい素材を提供される環境作りにもこうして尽力されているんだな、としみじみしました。
 こちらの2号店でもお米使ってくださるとのこと、涙出ちゃいます。僕たちもお世話になり早4年。これからも精進いたします。
 ご開店、本当におめでとうございます。

※樽一さんとのお取引は2018年8月に終了いたしました。
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2017年8月/夏の農作業(長野県木島平村/小池さんの風景)

 今月は長野県木島平村の小池さんから、この時期の作業について教えてもらいましたので、ぜひお伝えさせてください。米の漢字は八十八と書くことから、88の作業が稲作にはあると言われておりますが、これらもそのいくつか、ということになるのでしょうか。植物が育つ夏。暑い中、さまざまな作業をしなくてはなりません。そして人を助けるそれ専用のマシーンも、現代にはちゃんとあります。
 一つ目はこのマシーン。何だと思われますか?

1501688256699.jpg戦場にあっても違和感がないデザイン。
 この両脇の白い棒は腕のように横に広がります。
 そして、こうなります。

1501688282241.jpgついこの間田植えをした  とおもっているのに、もうここまで大きくなっています。
 噴射しているのは液体の肥料です。
しかもこの作業でこのマシーンが田を通るので、溝切りにもなるという一石二鳥の作業。

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 溝切りとは、田んぼの水はけを良くするための工夫で、この時期の田に溝をつくる作業のことです。
溝は最終的には田の排水口につながります。
土の中のガスが抜けることも大きなメリット。先達の知恵です。

 続いてはこちらはいかがでしょうか。

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 こちらはそうです、草刈り機です。このような斜めの面専用の芝刈り機が存在するとは。
稲だけでなく、周りの雑草たちもどんどん伸びており、この時期重宝します。

 今年は雨が全然降らなかったり、降るときは一気に大量に降ったりでなかなか激しい天候が続いているそうですが、稲は無事に順調に育っているとのこと。何よりです。
 当たり前ですが田んぼには日陰はなく、暑い日は過酷な労働環境で身体にも堪えるはずですが、「この暑さも生育には大事ですから」と小池さん。まずは稲の目線になる姿勢は実に小池さんらしく、とても頼もしいです。
 一般的なイメージでは、農家さんはどちらかというとローテクという印象があるかもしれません。でもそれは昔の話で、現代の農家さんはいろいろなマシーンを現場で駆使し、壊れれば自分で直しちゃうというけっこうなハイテク度だったりします。
 そして昨今はドローンを活用して田んぼの状況を確認し、生育状態のデータを集約、それをAIに学ばせてより効率的な生産管理ができるようになると話題になっています。また、より収量を増やす役割を果たしている稲の遺伝子が発見されたのだとか。さらには省スペースということで従来の田んぼではなく、縦に稲が並び、壁一面でお米を作る研究も進んでいるそうです。
 都会のビルが毛皮のように稲で覆われる日もそう遠くはないのかと思うとドキドキしますが、「おいしさ」はどうなってゆくのか、また、いつの日か生育のスピード、つまり時間や天候までもコントロール下に治めることができる日がいつかくるのでしょうか。農業の技術革新も、目が離せません

2017年7月/パラレルキャリアという働き方(シュウジ)

 SKYのSことシュウジです。SKYの活動をスタートし、ちょうどこの7月で8年が経ち、9年目に突入しましたが、平日お仕事させて頂いている会社は5社目を迎えています。今は、マーケティングのソフトウエアを販売する会社に所属しています。
 その会社は、外資・IT・六本木・創業3年目というプロフィールに似合わず?社員が毎月手作りで「社内報」を発刊して、社員やご家族に配布しているのですが、先月、その社内報で「パラレルキャリア」について特集頂く機会があり、そこで私のSKYの活動を少しだけ取り上げて頂きました。
 なぜこの活動をはじめたのか、スタートしてみて何が大変だったか、それを超える喜びは何か、サラリーマンとの二束の草鞋って実際のところどうなのか、結局のところなぜ続けているのか、色々と振り返ってみるとても良い機会となりました。
 しかし、よくよく考えてみると、以前在籍していたいくつかの会社では、「パラレルキャリア」なんて堂々と社内で言うことは難しかった。そもそも就業規則でも禁止されていました。ただし、直近勤務した2社では、パラレルキャリアを宣言することは、決して難しいことではありません。今の会社でもパラ
レルキャリアをしている方は、たくさんいます。NPO法人をやっていたり、プロボノと言われる専門性を活かしたボランティアや、ベンチャー企業の支援、夏の間の海の家の経営などなど。

 そんな環境にいて最近思うことがあります。これは何も珍しいことではないと。労働人口の減少があるから、AIに仕事を取って代われれるから、云々論じる前に、副業、複業、パラレルキャリア、呼び方は何でもよいのですが、好きなこと、やりたいこと(これには家族との時間も含みます)を一度の人生で複数追いかけることは、何も不思議なことではないのではない。むしろ、大切な一度きりの人生で、一つの仕事や会社に没頭できることの方が珍しいのではないかと。
 今日の環境は「働くこと」、もう少し突っ込むと「生きること」、「その目的意識」が変わってきた。いや、「本来の自然な姿」に戻ってきたんじゃないかとさえ、思うのです。
 Facebookの創業者や今所属している会社の社長が言っていました。「人は自分1人では成し遂げられないような大きな目的に属した時に、喜びを感じ、力を発揮する。」また、こういう人もいます。「やはり好きなこと、心からやりたいと思ったことをすると、人は最も力を発揮するのだ」と。

 好きなお話を2つご紹介します。
 一つ目は、NASAで働く、清掃員の話。アポロ計画最中のアメリカ。大統領がNASAを訪問して清掃員に「どんな仕事をしているか」尋ねたところ。「私は、人類が月に行く手伝いをしています」と答えた話。
 二つ目は、メキシコの漁師の話。メキシコの漁師に、アメリカのエリートが「もっと投資してたくさん魚を取るべきだ。そうすれば富豪になれる。好きに時間も使える」と言ったが、だったらそれは今実現している。「遅くまで寝て、魚を少しばかり獲って、子どもと遊び、妻のマリアと一緒にゆっくり昼寝をし
て、夕方頃には村に散歩に出て仲間たちとワイン片手にギターを弾いて楽しむね。本当に充実した毎日だよ。」という話。

 最近は、「働き方改革」というブームを一部の方が作っているようで、躍起になってる企業や人もいるようですが、このテーマは、おそらく「働き方」じゃなくて、働く価値観、生き方を変える、もう少し言うと、「自然に戻す」と言うことなんじゃないかと思うのです。 

 先日とある日本人の未来学者が1970年に発表した未来予想を目にしました。その内容によると、「工業化」→「機械化」→「自動化」→「情報化」、そして今迎えつつある「人工知能による最適化」の社会の先には、「自律社会」さらには「自然社会」に発展するとのこと。「自然社会」の意味合いは詳しく書いていないようですが、おそらくは技術の進歩により、労働やお金ではなく、時間という価値を手にした人間は、個人や集団という既存の枠組みを超えて、より内発的な思いに基づいて繋がり合う。好きな仕事やプロジェクトを行う。場所も選ばずに。会社なんかに属せずに。そんな未来には、きっと「パラレルキャリア」なんて言葉さえ、なくなっているのでしょう。
 今属している会社では、テレビCMなどに代表されるいわゆるマスマーケティングの終焉から、企業やサービス、地域などと一人一人の消費者、生活者が、それぞれ個別に、長期的に、場所を選ばずに、つながる社会、経済(エンゲージメントエコノミー)が形成されることをテクノロジーで実現しようとして
います。先ほどの未来予想に重ねると、「最適化された社会」に近しいでしょうか。こうして社会が変遷し、社会やそれを形成する一人一人の生き方がより自然な状態になる、そんな自然社会が到来することを夢見ています。
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2017年6月/金沢ヨシタカ家訪問記(ケン)

 ケンです。5月のGWを利用してヨシタカの住む金沢に私が家族で訪問しました。ヨシタカが東京から金沢に戻って早3年、SKYの3人で毎週Skypeで電話会議はしていますし、金沢生活の話は聞いていますし、東京で何度も直接会っていますがヨシタカの金沢生活を直接垣間見ることは今までありませんでした。
 金沢といえば、兼六園や金沢21世紀美術館など有名な観光地に行くことを想像されると思います。が、今回の私の目的は、話に聞いている「変革した主夫、カモンヨシタカ」が、実際どのようなところに住み、どのような暮らしをし、どのような姿で、どのような思いをもって金沢での生活を送っているのか、
この目で見て、生活の一端を感じてくることでした。

 初日はローカル金沢を堪能。いくつか挙げると・・・

○Share金沢
 私の平日の仕事(福祉関係)で参考になる日本で大注目の地域コミュニティ再生タウン。高齢者も障碍児も学生も隔てなく一緒に過ごせる街。オシャレ空間で自由に歩き回れたり、アルパカや犬と触れ合ったり、緑いっぱいのステキな街。だれでも入れるレストランもあり、オムライスが絶品。
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○戸室スポーツ広場
 ローラー滑り台や遊具が充実した地元の家族に大人気の広大な敷地の遊び場。息子は大階段を行ったり来たり。
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○金沢まいもん寿司
 3時間待ちの人気回転寿司屋さん。ネットで事前予約すれば並ばずに入れる。子連れで騒いでも平気。且つ美味しい日本海の魚の寿司を堪能。幼児連れを意識した旅程且つ訪問場所で、金沢の"普通"を体感。

 2日目にはヨシタカの自宅を訪問。

 映画に出てくるような新緑の並木道を越えると、そこには額縁に収めたいくらいの風流ある中庭、街で一番であろう大きな窓付きのダイニング、金沢の街を一望できるバルコニー、子どもたちの想像力を掻き立てる子供部屋、そして主夫には欠かせない広いキッチン、、と、ヨシタカのステキな思いが詰まったこだわりの自宅がありました。冬は寒さに震えるらしいですがw、初夏のこの時期はとても気持ち良く、ゆったりとした時を実感できるステキな空間でした。
 ヨシタカは完全に主夫として変革しており、キッチンを自分の居所とし、ゲストを飽きさせない会話を織り交ぜながら、次々と美味しい食事を的確なタイミングで提供。その姿はキッチンの番人。食事は準備から後片付けまでソツなくこなし、一通りの室内家事を終えると休む間も無く庭の草むしりに勤しむ。。。
 本人曰く、「1日って家事してるとすぐ終わっちゃう。やること沢山あるんだよね」と。その顔は笑顔で楽しそうで、でも、とっても余裕のある顔でした。昔なら除草剤を撒いて効率的な時間の使い方を追求していたであろうこの男が、、環境と時間的な余裕を手に入れて、むしろ時間を使うことを楽しんでいる。
 その姿を見て、こちらもいつの間にか一緒に草むしりをして、子供達と遊んでいるとあっという間に夕陽が沈んでいきました。
 この生活を支えているのは勿論奥さまのおかげ。家族の協力を得て、ステキな金沢生活を過ごしているヨシタカの姿は、やせたはずなのに大きく逞しく見えました。多様性を持った働き方やそれを踏まえた生活は、精神的な豊かさを生むことを体現していました。
 それにしても、主夫の作るおいしいおこめを使った親子丼、美味しかった!皆さんも金沢へお越しの際は是非ご一報ください。いつもの観光とは違うステキな金沢を体感できます。 
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2017年5月/田の目覚め、苗の芽生え

 長野県木島平村の小池さんから写真が送られてきました。
この季節は、田植えにむけての準備の時期。苗を発芽させ、植えられる状態まで育てる育苗中です。
 ビニールハウスで行われると思っていましたが、送られてきた写真は田んぼの上で行われているものでした。プールのように小さな苗がプカプカ浮かんで、気持ち良さそう。
20170505162715.jpg「ベタ掛け」という育苗法20170505162657.jpg
 「ベタ掛け」と呼ばれるこの作業、代掻き(田植えの前に田んぼに水を入れてかき混ぜる作業)をした後に苗を並べて、その後に白いミラシートというシートを被せます。
 小池さんが小学生の頃は「トンネル」と呼ばれる小さなビニールハウス状の育苗のための屋根をかけていたこともあったそうですが、いまはこの方法になったそうです。シンプルに進化したというかんじでしょうか。
20170505223158.jpg「田起こし」作業。その名のとお り、土を撹拌させてフカフカに します

20170505200604.jpgかつての「トンネル」による育苗20170505200622.jpgかつての「トンネル」による育苗

小池さんが育てる苗は実にトレイにして5,400枚。いよいよ、今年のお米が生命力を持ち始めています。
20170506083044.jpg苗の種20170506083111.jpg種の発芽

2017年3月/麻布十番の地鶏料理『猿のしっぽ』さんにご採用いただきました!

 千葉です。東京都港区麻布十番。住みたい街ランキング上位の常連エリア。所狭しとお洒落な飲み屋さんが軒を連ねるこの街で、舌の肥えたお客様に最高のおもてなしをされているお店「猿のしっぽ」さん。山口県ご出身の料理長が腕を振るうこのお店に、この度、おいしいおこめのおすそわけの「ひとめぼれ」を採用頂けることになりました。
 きっかけは、ぼくが前々職の友人と偶然飲みに行かせて頂いた夜。最後の方は記憶があいまいなほど、美味しいお酒を頂きました。IT関連の同業で働く友人と、会社運営の話や人工知能の行く末、人間に残る価値など、およそ誰も答えが分からない、そして取り留めもない会話をしているその席で、おいしいおこめのおすそわけの活動についてのアップデートをしておりましたら、料理長より「お米屋さんやってるんですか?」とお声がけ頂いたことから始まりました。
 その夜はとても冷えた日で、友人が予約時間を勘違いし一人でカウンター席で待つ間、料理長が出して頂いた小さなコップに入ったいっぱいのスープが本当に美味しく、そして、奥行きのある掘りごたつのようなカウンターがやけに落ち着くお店でした。そこで少し会話させて頂いた料理長の笑顔と提供されるお皿一つ一つへのご説明から食べ物や料理への愛情を感じ、素敵なお店だなあ、と気に入ってしまったことを今でもよく覚えています。
 この料理長、Facebookでご友人が5000人もいらっしゃる。しかも半分は生産者。その半分は料理人。これまでの生涯を通じて培った知識、技術、人脈をもって、いかに生産者と料理人をつなげていくか、強い思いをお持ちでいらっしゃり、直ぐに引き込まれていきました。そのFacebookの内容を拝見するや、食材や料理はもとより、料理店の経営、人材育成、と日々の業務に対する洞察と示唆が込められていて、お客様だけじゃなく、料理人や生産者のファンが多くいらっしゃることにすぐに合点がいきました。
 その後ランチに伺うと、これまた旨い。。こんな価格で十番でご飯が食べられるのか!と唸ってしまいました。
 このようなお店にご用命頂いたことが本当にうれしく、これからご期待に沿えるように精進したいと強く思っています。そして、農家さんにしっかりフィードバックして参りたいと考えてい
ます。
 是非お近くにいらっしゃる際には、お立ち寄りください!
おおお素材web用-猿のしっぽ(HP).png

2017年2月/埼玉屋西6店さまにご採用いただきました!

この1月、西新宿に、ぼくたちのお米を食べることができる新しいお店が誕生しました。名前は「埼玉屋西6店」。まだ、ホームページも看板もないこのお店、先日伺ったら、大いに賑わっておりました。なんでも、口コミだけで連日お客様が増えているそうです。
 元々は、歌舞伎町の別のお店でお世話になっていた料理長が、新しく独立されて出された新店です。前のお店の時から、次のお店を開くことになったらきっと連絡するから!となんとも有り難いお声がけをして下さっていた料理長。
 その後、開店前に本当にご連絡を頂き「ひとめぼれ」をお使い頂く運びになりました。早速、お客様数名から「お米が美味しい。どこのお米?」と聞かれたとの嬉しいフィードバック。お店の中にも、僕たちのお米のパンフレットを飾って頂いております。ぼくたちのお米を「なくてはならない」と思ってくださり、こうして目に見え、温かく、そして長期にわたるご縁をいただけることが、ぼくたちの活動の原動力になっています。
 是非、お近くに御用の際にはお立ち寄り頂けたら幸いです。オススメメニューは「赤城豚の坦々土鍋」。最高です。
おおお素材web用-埼玉屋西6店(HP).png

2017年2月/「かつの玄琢」さまラストラン

 ぼくたちのお米をご愛顧頂いていた赤坂の老舗トンカツ屋「かつの玄琢」さんが2月24日(金)に、40余年の歴史に幕を閉じる事になりました。私、小木曽は幼少期から大将や女将さんやその娘さんに大変お世話になっており、いつも屈託の無い笑顔で接してくれる大将、その大将が作る美味しい料理、厳しくも優しい女将さんとの会話、など数え切れない思い出があります。前々からお店はいつ閉めるかわからないと聞かされていたものの、いざこの時を迎えると非常に寂しく悲しい思いです。
 この数年間お米を使って頂き、カウンター越しに会話ができた日々は自分にとっても掛け替えのない機会であり、感謝の念でいっぱいです。今までありがとうございました。ゆっくり休んでください。
 ここで、その娘さんが各位に向けたメッセージの一部を引用させて紹介させていただきます

*
 この度、父がお店を閉じることになりました。
 年齢的にも体力にもそろそろ…という理由です。
 いつまでもお店に立っている姿を見れると思って疑わなかったから、
 凄い寂しい気持ちになるけど、大 病を乗り越えて今まで現役で頑張ってくれた両親に感謝です。
 私が小学校1年生の時、時々手伝っていた母ちゃんが毎日お店に行くようになった。
 2人でカレンダー通り。
 それはそれは大変な日々だったと思う。
 お陰様で長くご利用いただいたお客様が多く年末に告知をして以来、
 既にあと何回食べれるか分からないからとここにきて行列が出来ちゃったりしているようで^^;
 本当にありがたい限りです。
 冷蔵庫のリースが切れるので、24日までです(笑)
 そんな感じの両親ですが、本当にお客様に愛されています。
 この場をおかりして御礼申し上げます。
 最後の1週間は感謝の気持ちを込めてあっしも及ばずながらお手伝いに店に立とうと思っています。
 泣いちゃうかもです。頑張ります。
*
 類稀な肉厚。ジューシーで柔らかい。だけど、決してひつこくなくて、いつのまにかペロリと食べれてしまう。このまさに”one and only”の輝きを放つ絶品豚カツの横に、ぼくらのお米を添えていただけたこと、夢のような日々でした。しかと最後までおいしいおこめをお届けして、その勇姿を目に焼き付けたいと思っています。
げんたくさん.jpg肉厚の絶品カツが名品

2016年11月/新宿エリアは「おいしいおこめ」の聖地です。

 食欲の秋。おおお倶楽部会員の皆さまにも先月より新米をお届けさせて頂いておりますが、お取引をさせて頂いている各飲食店さんでも新米が食べられる季節となりました。
 今回のお便りでは、先日訪問した各飲食店の様子をご紹介させて頂きます。新宿はぼくたちのおこめの聖地。お客様のお店にお邪魔しながら、楽しい夜を過ごさせて頂きました。

 1軒目は、歌舞伎町の胃袋を満たす小夏食堂さん。お刺身、ホッケ、カニクリームコロッケ、メンチカツなどごはんが進む定食が豊富です。夜遅くまで営業しているのもこの街ならでは。お疲れさまです!
小夏食堂.jpg歌舞伎町に光る小夏食堂さんの看板
 2軒目は、三陸料理、宮城の郷土料理の老舗、樽一さん。海の幸と日本酒が美味しくて、サービス精神旺盛な店長の佐藤さんに景気づけられながら、いつも飲み過ぎてしまいます。
 東北名物の「海鞘(ホヤ)」って、ご存知です?こちらでいただいて、酒のつまみの奥深さを知りました。ごぼう揚げ、名物のクジラ料理、あと、この日は特別に賄いの「酒粕たっぷりのあら汁」出してくれ
て、めちゃくちゃ旨かったです。「宮城のお米って、これまで料理長の合格が出なかったんだ。でも君たちのはOKが出た。うれしいよ」とありがたい言葉。
※樽一さんとのお取引は2018年8月に終了いたしました。
14650623_1169672319744987_8193235567653649332_n.jpg樽一さん。新宿区役所の向かい のビルの地下1階です。樽一料理.jpg刺身も美味しい!
 3軒目は、思い出横丁最古の居酒屋、安兵衛さんの別館。カニクリームコロッケとメンチカツがぼくらのお気に入り。日本酒が多いので、酒にぴったりなどこかほっとする肴が多い印象です。ただ、ぼくらのおこめを採用してくれた店長が今月で辞められるとのこと。体制が刷新されるので、ぼくらのお米も今月限りになりそうです(残念)。その店長は次のお店ではまたね、って行ってくれてありがたい限り。
ご挨拶ができてよかったです!
 そして、高田馬場にあるロマンさんにも訪問。普段は数十年来の常連さんで賑わうこのお店、最近はテレビや映画の収録に使われているとのことで、特にジャニーズタレントのファンの間で話題なんだとか。お客さんが急に増えて、大繁盛。そして同じところに座りたいのがファンの心理、人気の座席もあるのだとか。創業50年弱。マスター、ママも大忙し。ビーフステーキの安定のお味でした!ご馳走さまでした。
※ロマンさんとのお取引は2018年8月に終了いたしました。

14680503_1180349298677289_1029160780853381224_n.jpgロマンさんの定番、 ビーフステーキ
 季節、年の積み重ねに連れ、全ての御縁に感謝の夜。こうして、農家さんの思いと東京をつないで頂いていることに、感謝です!食欲の秋から、早いもので忘年会シーズン突入ですね。お体ご自愛いただきながら、おいしいおこめを皆さまもぜひお楽しみください!

2013.8.25. インターンシップ生 青山Farmer's Market デビュー出店

8/25に、青山Farmer's Marketに久しぶりに出店しました。
ご来店いただいた方々、ありがとうございました。
前にもご案内させていただいた、インターンシップの富丘と杉田さんによる企画の実践の場。

夏はお米の季節でもなく、時期的にも苦戦するはずだし、朝から雨で、杉田さんの残念ながら発熱で泣く泣くリタイアがあったり、大丈夫かなと少し心配していましたが、普段の僕ら男3人のときよりもお客さんの足がとまっていました(笑)

事前に必死で2人で企画・準備したお米や味噌が賞品のくじ引きや、のり巻きの試食などの新しい施策がことごとく成果を出していました。僕らにとっても新しい気づきを沢山もらいました。

閉店後の表情には、開店時にはなかった自信が少し宿っていた気がして嬉しかったです。
彼女たちは大学3年生。どんな夢を描き、どんな大人になるかは、今の毎日の過ごし方次第。

せっかくこの小さなベンチャーに飛び込んできてくれたのですから、できるだけチャンスを与えてやってみてもらって、少しでもヒントを得てくれたらいいなと思います。

10月から、また定期的に出店する予定です。

2013.8.24. インターンシップ生 杉田さん、富丘さん

「1000年後は宇宙ステーションで日本のお米を食べているはず!」「お米を愛するわたしたちが「日本のお米」を全力で守っていきたい!」

ユニークかつ熱い思いで、今月からインターンシップに参加してくれている、大学生の杉田さん、富丘さん。

8月25日に、彼女たちと共に青山のファーマーズマーケットに出店します(@国連大学前広場,10~16時)!

熱い熱い夏の1日ですが、彼女たちの思いも熱い!初めてのお客様との対話の場。お二人がプランしてくれた、これまで試したことのない企画も盛り込んでお送りします。

どんな小さなこともでもいい。失敗、そして成功の体験をさせてあげたいなあ。

どうぞよろしくお願いいたします!

2013.5.19 川上さんの農家便り:田植え直前

川上さんの田んぼ。いよいよ田植えだそうで、その直前の写真です。水をたたえた鏡のような水田と苗。こないだの赤ちゃん苗が、もうここまで育っています!

2013.5.3 神田/薩摩料理 「ぼっけもん」さんで おいしい おこめの おすそわけ

東京神田「ぼっけもん」さんに新たに採用されました!

今月より、また新たに「おいしいおこめのおすそわけ」が食べられるお店が増えました!!
東京は神田「ぼっけもん」。薩摩料理のお店です。
入るとすぐに、多くのリピーターから愛されてることが伝わってくるような、活気が溢れているお店です。

名物は絶品の角煮にさつま揚げ。シメの鶏飯も最高です。
もちろん夜は赤霧島など、珍しい焼酎のラインナップも。
いわば、僕らの宮城と山形のおこめと九州のコラボ、とても光栄です。
これで「おいしいおこめ」が食べられるお店は、神戸「ごはんや」、赤坂「げんたく」、高田馬場「ロマン」に加えて4件目になります。

「ぼっけもん」さんとのご縁も、僕らを創業時から手伝ってくれているスタッフが鹿児島出身だったというのがきっかけ。
偶然にも店長が大学の先輩ということも重なり、こうしたつながりで、おいしいおこめを楽しんでもらえる機会が徐々に増えていっていることは、大変励みになります。

「君たちの活動を応援したいから」この言葉に何度救われたことでしょう。
これからも、かんばります!

※ぼっけもんさんは現在閉店しています。

2013.5.5 母の日におこめ

母の日のプレゼントのご注文も絶賛受付中です。
「おいしいおこめのおすそわけ」は、本来は縁故米。つまりは農家さんが家族のために、愛情注いで育てて作っているための、一般の流通には出てこない貴重なおこめです。
家族への感謝気持ちを、そんな「おいしいおこめ」でぜひ。

2013.4.28 育苗、苗並べ

おこめの赤ちゃん:育苗、苗並べ

おいしいおこめのおすそわけ農家さん、新潟県小千谷市の川上さんからの農家便りが届きました。

今は田植え前、種まきをして、育苗の時期。芽だしした苗を田んぼにならべる作業。
今月になっても急に雪がまだ降ったりでびっくりされたそうですが、順調に育ってくれているそうです。

まさにおこめの赤ちゃん時期!かわいいですね。
これが川上さんの愛情が注がれて成長し、秋には立派なおこめになるかとおもうと、植物のたくましさを感じずにはいられません。
天候に恵まれ、無事に大きく育つことを祈ってます!

2013.4.24 「いつもありがとう」は僕たちのセリフなのに。。。

一昨晩、S.K.Y.のお米をお使い頂いているお店の姉妹店で食事をさせて頂いた際に、サービスで頂いたデザートの写真。おこめ3つのマークは、僕たちのロゴです!

僕たちのような小さな小さな一業者に、こうして接してくださる、このお店が大好きです。いつもお客様でいっぱいな理由が本当によく解ります。

嬉しすぎて、すぐに仲間に展開しました。一層、真心込めて仕事に打ち込みます。

2013.4.23 採用いただいた社員食堂にて初ランチ!

あるIT系小売大手A社の社員食堂で初ランチ!この食堂は、我らが川上さん(新潟小千谷)のこしひかりをお使い頂いている、僕たちのお得意様です。通常社員しか入れないのですが、ちょうどSの前職の先輩がA社にお勤めと言うこともあり、ビジターとして入らせて頂きました。空間も、メニューも、お皿もとてもおしゃれなこの食堂で、川上さんの御飯を大盛りにしている社員をたくさん見かけましたが、もう涙がちょちょぎれました。超うれしい。ちょうど今月1周年を迎えられたこの食堂。食事がおいしいだけじゃなく、本当にあたたかい方ばかり。これからも全力で応援するぞー! 

2013.3.29 青山Farmer's Marketの出会い

気持ちの良い季節になってきました!

明日(2013年3月30日)、青山国連大学前のFarmer's Market(ファーマーズマーケット)に出店します。

2009年に初めてこの場所に出店させて頂いてから、4年が経とうとしています。今までこの場所で出会った方々は数知れず。

・ここで購入頂いたお米が美味しい、と仰ってくださりその後も購入頂いている方々、
・マーケットの近くのジムに通われていたついでに寄った際に私たちと出会い、その後、一緒にイベントを開催するまでになった方、
・近くでお仕事をされていた帰り際に立ち寄り、その後は私たち の健康促進のために毎月ピラティスを教えてくれる方、
・ここで出会いその後外国に赴かれた際に私たちを思いだし、再度購入頂いた方、、、

私たちにとってのファーマーズマーケットはたくさんの方々と直接会ってお話ができる「出会いの場」です。

これまでの皆さんとの出会いに感謝しながら、また明日も新しい出会いがあると良いな、そう思っています。

晴れオトコを自負する私たちに呼応するかのごとく、昨日まで雨模様の天気予報はなんとか曇りになりそうです。

近くのお花見スポットに行かれるついでに是非ともお散歩がてら青山にお立ち寄りください。

10時から17時前まで、元気に活動しております!

また、明日はインターンとして活躍してくれた、さいかず君の学生時代最後の(今後もお手伝い頂きますが)ファーマーズマーケット出店となります。
彼のフェアウェルを是非とも暖かく見守ってやってください。

2013.1.27 広がるご縁を大切に

2010年の秋、新郎新婦と一緒に宮城に行き、一緒に稲刈りをさせて頂き、そのお米を披露宴の引き出物にお使いいただく、というとても素敵なイベントがありました。

2年以上が経過した昨日、とあるお客様のご出産内祝いに、おいしいおこめのおすそわけ、セットをご用命頂き、精魂込めて作業させて頂きました。

実はこの客様、冒頭で申し上げた引き出物で僕たちのお米を食していただいたとのこと。

数年間に渡り、覚えて頂いていたこと。
そして、幸せの和となり、そのお手伝いをさせて頂けること。

本当に幸せです。

ちなみに、このセット、真っ白い箱に詰めて、オリジナルの熨斗シールを付けさせて頂きました。

喜んで頂けたらいいなあ。 

2013.1.7 赤坂/とんかつ かつの玄琢さん

「おいしい おこめの おすそわけ」より2013年最初のうれしいお知らせです。

東京赤坂のとんかつの名店「かつの玄琢」さんに、私たちのお米を採用いただきました!!

2013年1月7日(月)より、毎週月曜日火曜日限定ですが、私たちのお米をとんかつと共に提供いただき、スペシャルコラボレーションが始まります。

昨年来、数種のお米を試して頂き、とんかつに合う香りの良いブレンド米のアドバイスを頂き、私達も検討に検討を重ねましたが、気に入って頂いたのは、純粋な「ひとめぼれ」。

これから、赤坂に来店される皆さんに食していただけるのが楽しみです。

皆さん、月曜日火曜日に赤坂周辺にお越しの際はぜひお立ち寄りください。
とんかつはそんじょそこらのとんかつとはわけが違います。とにかくおいしい!!クセになります!!
コロモの付きが薄く、油っこくないので、何枚でも食べることができる感じです。女性にもおススメです。

私たちもとんかつに負けないよう、おいしいお米をお届けします。

皆さん、今年も一年、引き続きご支援のほど、よろしくお願いいたします。 

※かつの玄琢さんは閉店しました。

2013.1.1 新年早々 テレビ出演 「お台場政経塾」


ひょんなご縁から、お正月のフジテレビ特番「お台場政経塾」に、塾生として参加させていただきました。


2013.1.1 謹賀新年


「新しき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いや重け吉事」(大伴家持)

本日、今年一回目の「おいしいおこめのおすそわけ倶楽部1月分」の発送を行いました。
今月は新潟県川上さんのこしひかりです。

写真の狛犬は、その川上さんの仕事場のすぐ裏にある鳥居の犬です。鳥居からはその清流を田んぼにも与える信濃川が臨め、五穀豊穣に込められた祈りを感じる神聖さを感じる場所でした。

今年も沢山の棒に当たりますように。
僕らはこれまで多くの出会いに支えられて続けてこれました。
積極的に動いて、おいしいおこめをより多くの方々に届くように全力を尽くします。
みなさまにとっても、素晴らしい1年になりますように。

2012.12.27 インターンシップ生 サイカズ登場

遅ればせながら、インターン生のサイカズより自己紹介が届きましたので、アップさせて頂きますね。

これから、彼だからこその視点で、いろいろ活動報告してくれる予定です!このFBに「いいね!」を下さっている皆様はみんな彼の大先輩ばかり。是非、きびしくもあたたかい視点で、いい時には、「いいね!」を、そして、アドバイス等等、お願いできれば幸いです。彼を育てることに、みなさんのお力をお借りできると嬉しいです。みなさんの反応を見て、きっといろいろ感じ、ぐんぐん育ってくれると思います!

「...今日は(少し遅い気もしますが)自己紹介をします!

マルシェで見かけた方もいらっしゃると思いますが、いつの間にか加わった21歳には見えない男が私でございます。

現在は國學院大學(よく国士舘大学と間違えられますが違います)の経済学部経営学科の4年生です。大学ではもっぱら宗教学や美術史の勉強をしています。 経営学の勉強の方は大学ではおもしろくなかったので自分で本を読んだり、インターンシップを活用するなどして「経営する」とは何かを日々考えております。

SKYの活動は

「農業に関する仕事がしたい!」

と思い

「何かできないか?」

と探す中でKがラボパーティという活動の先輩であったつながりからインターン生として参加しました。

知識も経験もSKYの3名には遠く及びませんが「知らなかった」からこそ「気づける」事もあると考えSKYの活動を通じて様々な事を教えていただく代わりにみなさまには自分が無知故に感じたことを書いていきたいと思います。

今後はもう少し検討をしますが、別途ブログを開設、もしくは自分の現在持っているブログを通じて発信していこうと考えていますので今後ともよろしくお願いいたします。

2012.11.27 青山Farmer's Market 今年の出店終了しました。


今年の青山Farmer's Marketの出店が無事に終了しました。沢山のご来店、ほんとうにありがとうございました!
このマルシェは、僕たちにとって、直接お話ができる、かけがえのない出会いの場。4年目に入って、さらに多くの「がんばれよ」の励ましに、いっぱいの元気をいただきました。

紅白の出場者も決定し、早いもので、もうすぐ師走。
来月は「こめにこめる感謝」ということで、お歳暮の発送に明け暮れさせていただきます。
まだまだご注文、受付中です!

2012.11.19 エフエム石川 ECOコーナーに出演しました

石川県のみなさまに限ったお話になりますが、
今日の後ほど、15時から、エフエム石川“Hello Five ECO”のコーナーに出演させていただきます~。
石川出身のヨシタカがしゃべりました

「おいしいおこめのおすそわけ」の活動に関連して、稲・お米のエコ話。
稲・お米は一切無駄が出ない究極の「エコアイテム」!という話題です。

もともとは、昨秋嵐のような雨の中、輪島の千枚田で僕らが田植え体験をしていたところ、
たまたま取材にきていた松岡アナウンサーさんと通りすがりで出演させていただいたご縁がきっかけ。
これも、一期一会。ありがたい限りです。

ちなみに、僕らのおこめのお話の間に流れた曲が「君がいるだけで」でした。
確かに僕らの青春時代の大ヒット曲だから世代的にはドンピシャ、とおもいつつもナンデダロ・・と思いましたが、曲が開けたら松岡さん、「おいしいおこめの話ということで、『米米CLUB』・・」

なるほど!これぞ選曲の「粋」!

「例えば君がいるだけで心が強くなれること」、その「君」が「おこめ好き」ならなおさらです。
ありがとうございました!

全国のあちこちにある「おいしいおこめ」。
この活動が、石川ともつながれるきっかけになればうれしいです。

2012.11.04 青山Farmer's Market おむすびイベント大盛況!

・おむすび500個完売(精米30Kg!)
・ファーマーズマーケット国連大学前、キッチンカー販売記録、歴代第2位!!(和食部門第1位!!)

大記録を打ち立てて、昨日、キッチンカーおむすびイベント、無事に終了しました。

お天気にも恵まれて、本当にたくさんのお客様にお越し頂き、多くのメニューが、昼過ぎには完売状態に。

お越し頂いた皆様、本当に本当にありがとうございました。

僕たちだけでは絶対にできない一大イベント。
銀座ライスのスタッフのみなさんのプロフェッショナリズム。そして、やっぱりお越し頂いて、応援の言葉をくれたたくさんのお友達、先輩方。

みんなに支えられて、日本のお米の魅力を拡げるという、僕たちのミッションに向けてまた一歩、歩みを進めることができました。着実に、泥臭く、これからもがんばります!

どうぞよろしくお願いいたします。

2012.10.19 青山Farmer's MarketのHPでのご紹介

青山Farmer's MarketさんのHPでも僕らを紹介いただきました。

溢れる前のめりな思いを長々と書いたものの、どうせスマートに編集してくれるだろうと思ったらそのまま載せていただき、少し熱苦しすぎたな、とちょっと反省(笑)

2012.10.7 農家さんに会いに北上中

昨夜未明、這々の体で燕三条にチェックイン。

関越道を200kmひたすら走ってきました。

今では見慣れたコースですが、この風景をみると、活動をやろうと起業した当初を思い出します。

当時、知人から紹介してもらった美味しいお米を作る農家さんの名前と住所だけを頼りに、ハイエースでドキドキしながらこの道を北上しました。

突然の訪問に農家さんも、そりゃ余所余所しい。
この3人に、何が出来るか、当然ながら半信半疑。
信頼なんて何もありません。もっているのは熱意のみ。
僕らがやろうとしていることを、ひたすら語りました。

この秋で4年目。
今年の取引量は、あの頃の約30倍に拡大します。
今は、「飯をくってけ、泊まっていけ」と言ってくださる間柄。
あの頃にくらべたら少しは期待を寄せてもらえてるかと思うと、とても嬉しいです。

量も多くなり、あのドキドキは今やハラハラになっていますが(笑)
3人のワクワクもその分大きい。

みなさまの日頃のご愛顧に感謝しつつ、行ってきます。
いただいた「おいしい!」という声、伝えてきますよ。

新潟県川上さんが送ってくださった写真です。
時代は変われど、何千年も続く行程。
もちろん機械を使いますが、今でもタフな作業です。
電気もなかった昔はどうしてたんだろう・・想像を絶します。

籾も糠も藁も、再利用でき、ゴミになることはありません。
古からの知恵で、稲は無駄が一切出ない。
究極の「エコ食材」と言えるかもしれません。

2012.9.12 嬉しいご縁 その2

また、新しい、確かな「むすび目」が生まれました。
続けてきて良かった!と励まされるメッセージに感謝感謝です。

先週、ネット上で頂いた「黒沼さんのあきたこまち玄米」のご注文。
ちょうど2011年産米の売り切れのタイミングだったので、お詫びと別のブランドのご連絡をしたところ、

***

以前国連大学のファーマーズマーケットで購入しまして、
職場の先輩にプレゼントしたら大変美味しかったとのことで、
それがあきたこまちの玄米でした。

ちなみに先輩はベジタリアンで玄米にはかなりこだわっていますが、とても満足していたようです。

今回は先輩のお誕生日のプレゼントなのですが、きっとひとめぼれもこしひかりも絶賛してくれることと思います!

***

嬉しすぎて、なんとか半分量だけあきたこまちを調達して、プレゼントさせて頂いたのですが、このエピソードを知った、山形の黒沼さんの嬉しそうなコメントがまた心を打ちました。

こんなにお客様に喜んで頂けるお米なのに、日本のほとんどの農家さんは、自分の育てた作品がどこの誰に、どんな思いで食べてもらっているのかを、知りません。また、そもそも個人の作品として世に出ることもほとんどありません。そして、取り巻く環境は厳しさを増すばかり。

だから、こんなフィードバックを頂く度に、ぼくたちが農家さんとお客さまを、地方と都市をつなぎ、そして、農家さんがモチベーションを持ってお米作りに専念できる環境を作る!と心を新たにします。

今シーズンのマルシェ出店1発目は、10月20日(土)の予定。

今年も「むすび米」で、たくさんの「むすび目」を作りたい、そう思っています。

2012.9.2 嬉しいご縁

開業して丸3年が経った今日この頃、一つ一つの出会いの大事さ、ありがたさに改めて気付かされていることが立て続けに起きています。

その中のエピソードの一つをご紹介させてもらえればと。

ある日、あるお客様からご両親への贈答品としてのご注文をいただきました。
ご注文は、ドイツ。

もちろんドイツに出店したことがなく、不思議に思っていたところ、伺えば以前青山Farmer’s Marketで僕らの出店ブースでご購入いただいたお客様。
ふと思い出していただき、また頼みたいと思っていただけたとのこと。
しかも、昨日今日の話ではなく、数年たってから思い出してくださったそうです。

僕らとしては、それだけでも光栄だし冥利につきる!ところ、さらに、ご丁寧に下記のようなメッセージまで書き添えてくださいました。

「ひとつお伝えしたいのは、私が数年前の出会いを覚えていたのは、マーケットで交わした短い会話に、みなさんの人柄がにじみ出ていて、みなさんにも、お米に対しても、すぐに信頼感と安心感を得られたからです。
みなさんの真摯で誠実で、そして楽しそうな姿が私の記憶に残り、今回の注文に繋がりました。
あの時みなさんが、もしかしたら知らずに蒔いた種が、数年後に芽を出して今回の注文に繋がったことに誇りと自信を持って、今後もお米の活動を続けられるよう、ご健闘をお祈りします。」

涙がちょちょぎれるくらい、嬉しかったです。
続けていて良かった・・!と思える瞬間です。

僕らは、平日会社員をやる傍ら「週末起業」としてこの活動をやっています。
「大変じゃない?!」と心配いただくことも多々。確かに、大変なこともありますが、でもやはり、この米屋をやっているからこそ出会えたご縁がありがたくて、やめられません。
そして日に日に、僕らの人生に占める割合が大きくなってきています。

いよいよ来月から、新米を携えて青山Farmer's Marketに出店させていただきます。
またどんな出会いがあるか、ますます楽しみになりました。
これまでの、そしてこれからの出会いを大切に、全力でがんばります。

2012.9.1 ありがとうございますー2011年産米 完売しました。

感謝のお知らせ。
昨秋2011年に収穫したおこめ、おかげさまで完売するまで至りました!!

ひとえに、日頃のご愛顧のおかげです。
本当に、本当にありがとうございます。

3年前にこの活動を初めてから、約10倍の全取引量になりました。3人の自己資金をすべてお米の仕入れに使い、貯金は空。
そこにあるのは、保冷庫に積み上がった米袋たち。
「もしも売れ残ったらどうしよう。」
毎年武者震いし、緊張する瞬間です。

このボランティアを続けられているのは、この活動の意義を感じていただいている方々からのご支援のおかげです。
「おいしい」、「応援してる」という言葉の数々に、みなさんが思われている以上に(笑)僕らは力をもらい、励まされております。

これから、日本米を取り囲む外部環境は厳しさを増していく一方です。外国産のお米が続々参入し、国内は高齢化が進み後継ぎ不足が深刻化。

僕ら自身、やっぱりこれから先も日本米を食べていきたいし、その素晴らしさを国内外に伝えていきたい。

来月からは、いよいよ2012年の新米をお届け致します。
そして取引量はさらに3倍に拡大します。
リスクの大きさには我ながら背筋が凍りますが、その分さらに熱い1年間になるはず。
これからもご指導ご鞭撻、どうぞ宜しくお願いたします。

写真は新潟県川上さんから届いた田んぼ便りです。 「ようやく稲穂が出そろいました。 施肥や防除も終わり、稲刈りまであと1カ月となりました。 あとは水管理をして黄金色に変わるのを待つだけです。」 稲の花は真夏に咲きます。 これまでの農家さんの労をねぎらうかのように。 ここから黄金の絨毯になり、秋が訪れとともに、いよいよ収穫です。

2012.8.4 はなそう基金の賛助会員になりました。

この度、S.K.Y.&Parners,LLCは(社)はなそう基金の賛助会員になりました。

一般社団法人「はなそう基金」は、東日本大震災の被災地復興の一環で「Komo's英語音読会」という非営利の英語学習法教室を陸前高田市で開催なさっています。

代表理事は古森 剛(こもり つよし)さんです。
本業は、グローバル・コンサルティング会社である「マーサー」の日本法人で代表取締役社長をなさっています。
2012年3月、一層の被災地支援のために奥様と二人で基金を拠出して2012年3月に「はなそう基金」を設立されました。

人と人が「話す」という行為を通じて、物理的な側面のみならず「心」の復興も支援することに尽力されており、多くの注目を集めております。

古森さんと弊社の千葉とのご縁から、ぜひ微力ながら、このすばらしい活動を支援させていただきたいと賛助会員にならせて頂きました。

僕らも昨年被災地に伺ったときにうけたショックは、今でも強烈に残り続け、常に「今自分たちに何が出来るか」を問いかけてきます。

古森さんは10年スパンでこの活動を位置づけ、「震災の教訓を人類社会に伝えていきます」とおっしゃっています。

手を携えて、被災地にゆかりがある僕らもできることを一つずつしていこうと決意を新たにしました。

6月末の新潟県小千谷市・川上さんの田んぼの状況が送られてきました!
順調に稲が大きくなって、緑色のキレイさに目を奪われます。
「溝切り」が行われたそうです。

川上さんのご説明によると、溝切りとは・・・

「田植えをして1ヵ月後くらいから田んぼの中干し(水を抜いて干す)を行い、
田んぼの地を固くします。
その過程の中で、稲の分けつ(2~3本の苗が最終的には30数本の茎数になります)が7割を超える頃に「溝切り」という作業を行います。

「溝切り」は
①稲の根に酸素を供給
②水の給排水の効率アップ
③過剰分けつの抑制(品質向上)

などなどたくさんの効果があります。

しかし、機械を見てわかるとおり、ぬかるんだ状態の田んぼの中を歩いて回らなくては
いけないので私個人としては大変さランキング上位の作業です。」

5月に田植えをし、その苗が成長する過程で、個々の稲がしっかりと根をはり独り立ちするために考えられた行程。
何千年も続く稲作には、一つ一つの作業に込められた意味の重みを感じます。
農家さんの愛情を受けた稲たち、しっかり大きくなっておくれ!
秋がますます楽しみです。

2012.6.30 高田馬場/純喫茶ロマンさんで おいしいおこめのおすそわけ

僕らが学生時代を過ごした高田馬場の街に、
「おいしい おこめの おすそわけ」のお米が食べられるお店ができました!

何を隠そう15年前、アルバイトの面接に2連続で落ち続けた千葉を拾ってくれた喫茶店。
齢70を超えるマスターとママが、40年以上変わらずに続けてきた昭和の良き時代の名残が残るお店です。
しかも年中無休。朝の8:30から夜11:00まで営業。
いつもリピーターで賑わっています。

不眠不休で働き続けて店を守るお二人は、はじめて仕事とは
何かを姿勢で教えてくれた「師匠」でもあります。
またこういう形で再会できるとは。巡り合わせに、感無量です。

その名は「ロマン」。
これからは、僕らの「お米のロマン」も加わりました。

※ロマンさんでのおこめの採用は、2018年8月で終了しました。

2012.6.4 山形県 あきたこまち農家さん 黒沼さんより

山形村山は黒沼さんよりうれしいコメントを頂きました!

「今年は豪雪で山の内は3.5mの積雪でした。田植えはいつできるかわからないような感じでした。

でも、自然の力は素晴らしい。見る見るうちに雪が消えました。

我が家では5月31日に田植えをしました。天気も良く絶好の田植え日和でした。

隣の田んぼでは強面の井上さんが代掻きをしていました。

春は本当に忙しいです。

僕たちの米を待ち望んでいる人たちのために今年も一生懸命頑張ります。」

写真の雪解け水で作られる最高のお米。黒沼さんのお米も、井上さんのお米も、今から本当に皆様にお届けできるのが楽しみです。

今年のお米作りも心から応援しています!!

新潟県の川上さんから田植えの写真が届きました!先日の田打ちから一気にこの水田の美しい風景。日本人の原点のような落ち着く風景ですね。このカワイイ苗が、秋にはふさふさと実る自然の恵み。川上さん、「これから愛情たっぷりに育てます!」と意気揚々です。

2012年5月 珠洲戦略合宿


2年ぶりに同じ町、同じ宿で、3人で合宿を張りました。
石川県珠洲市、能登半島のさきっちょ。

2年前にそれぞれが発表した10年後の姿。
そして2年経って、その夢の線の上にいることを確認。

「至らない。尽くさない。」テレビもエアコンもない。そんな新緑に包まれた日本家屋で、これからも残していきたい、大事なものって何か、じっくり考える。

とてもとてもいい時間でした。

翌日は千枚田で田植え。偶然にも、その後、
FM石川さんの取材を受けて生中継でラジオ出演。

想いをもって動き続ければ、棒にも、石にもあたる。

初心に戻れました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!

2012.4.9 あの社食のレストランに「おいしい おこめの おすそわけ」!

嬉しいニュースです。

都内のとある企業様の社員食堂のお米に、僕達の“おいしいおこめのおすそわけ”を採用頂きました!ご紹介できないのが残念なのですが、誰でも知っている、いけいけどんどんなグローバルカンパニーの日本ブランチ、その新オィスに新しく出来たとってもお洒落な社員専用のカフェ。そこを運営されることとなったお客様に採用頂きました。

1日に200弱も食べて頂いているとのこと。調達に焦るほどの嬉しい悲鳴。たくさんの農家さんの傑作を「結び米」として都内の消費者と結べます。倉庫のある宮城県の地元にも立派なパートタイムジョブも生まれました。

これも全てパートナー様とのご縁から生まれたもの。

これからもひたむきに3人でがんばります。

今日もお米に囲まれた1日。
ちょっとモダンなデザイン照明に見えますが、お米と白い箱です(笑)

今日は引き出物のお客様へ、お米(ひとめぼれ)+中六味噌(1年熟成)の〝おいしいおこめのおすそわけ”セットごご配送させて頂きました。

箱を開けた時に感動して頂きたく、精魂込めてパッケージしました。新郎新婦、ご列席者の皆様に喜んで頂ける事を願って。

ご結婚、おめでとうございます!

先日募集した学生の就業体験の企画を
日本農業新聞社さんに記事にして頂きました。

こうして注目してもらえることは
私達にとっても大変励みになります!!

引き続きご応募お待ちしております。

2012.2.12 バレンタインデーにおこめ

今日はバレンタインデーにご用命を頂いていたお客さまにお米を真心こめて精米&発送させて頂きました。バレンタインに粋なお米をお選び頂き、本当にありがとうございます。

「お米で愛を」の特別シール付き。送った方も受け取られた方も喜んで頂けるといいなあ!

年始に今年もいろいろとチャレンジを!と書かせて頂きましたが、早速ひとつ、新しいチャレンジをします。

-S.K.Y.&Partners,LLC Business Workshop2012-

世に言うインターンシップです。
サラリーマンの僕たちだからこそできること。社会人を10年やった自分たちが知っていることは惜しみなく提供します。もちろん、僕たちの人脈も。このお米の活動で得たすべても。

若い学生と一緒にこの国の未来を考えて、一緒に行動する。

国内は就職難とか言われていますが、活躍できるフィールドは自分たちで作ればいい。サラリーマンとして働く上でも、必ず肥料になる。

大学生を対象に広く募集させて頂きますので、ご興味のありそうな方に是非、お知らせいただけますと幸いです。近日中に詳細を告知いたします。

お子様の1歳のお誕生日の「一升餅」ならぬ「一升米」にご採用いただきました。どうもありがとうございます!お子様がずーっと健康ですくすく育ちますように、心より祈念しております。一升、お米に困らない生活も併せて祈念いたします(笑)。

下記はお客様から頂いた感謝の嬉しいお言葉。
今日は息子の一歳の誕生日。
どうやら世間では古来より一歳の誕生日には一升餅というものを子供に背負わせるらしい。
一升と一生をかけて、「一生丸い人生を歩めるように」とか、「一生食べ物に困らないように」とかいう意味があるみたい。
餅はそんなにあってもたべないので、我が家はおいしいおこめのおすそわけで一升米としました。
まぁ、これを背負えれば、とりあえずは一生米には困らないでしょう。
ちなみち、イラストはパパががんばって描きました!
スカイアンドパートナーズ、ありがとう!

2012年1月1日 謹賀新年

2009年の立ち上げから3人でがむしゃらに、無我夢中で走り続けてきましたが、
パートナーズの皆様のお力添えで、僕達の活動も3年目に突入しました。

2011年。米に、食べ物に、食卓に、家族に、日本に、考えさせられる出来事がたくさんありました。

2012年。今年もきっといろんなことがある。

僕たちは米屋です。

米屋として、今の日本に出来ることを考え抜いて、今年も駆け抜けてやろうと思います。

"1000年後のことはわからない。でも、きっと米は食べている。"

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2011.12.10 新看板で青山ファーマーズマーケット出店

本日のファーマーズマーケットの様子です。お歳暮でのご利用と、看板のデビュー戦でした。

2011.11.06 東京都庁での復興支援の物産展

本日、東京都庁での復興支援の物産展にご来場いただいた方々、
ありがとうございました。
時折雨に見舞われましたが、多くの方にご来店いただき嬉しかったです。
被災地と東京を「おいしいおこめ」を通じて結ぶことで、
微力ながら復興にむけた一助になれていれば幸いです。

今日は、新米の宮城県栗駒の五十嵐さんの「ひとめぼれ」の解禁日。
多くの方がお召し上がりになられたときに、目が少し大きくなって、
驚きとともに「おいしい」という表情をされていました。

やっぱりこのお米の力はスゴいのだな、と確信しました。
僕らの活動の黎明期から取り扱っているエース米、
固定ファンが既に多くいるだけあり、貫禄と風格が伴った初陣でした。

ちなみに次回の出店からは、同じくの山形県村山の黒沼さんの「あきたこまち」もリリースします!
ご存知のように、五十嵐さんが「右腕エース」なら、あきたこまちは「左腕のエース」です。

そうです、ついに2011年シーズン、開幕なのです!
僕らが自信を持ってお届けする、後世の日本人もきっと誇りに思うであろう
強烈な日本米のラインナップ。
もちろん僕らのHPからもご注文を受け付けております。
どうぞお楽しみに!

青山ファーマーズマーケットのおむすびのイベントの様子です。天気にも恵まれ、おいしいおこめをみなさまと共有できた、素敵な一日となりました。2010年最後の東北米「おむすび企画」にご来店いただいた方々、ありがとうございました!天気に恵まれ、予想以上の大反響で沢山の「おいしい!」に出会えておこめたちもさぞ幸せだったと思います!また、やれるように頑張ります!

9/24(土)@青山ファーマーズマーケット用、おむすびのイベント当日張り出し用のポスターです。メニューも発表させていただきました。

2011年最初のファーマーズマーケットでの活動は、「東北のおこめを食べようプロジェクト」の初回販売でした。その後、次週に販売させていただく「おむすび」試作の様子です。

新郎新婦のパッキングプロジェクトと共に、米農家さまへのご挨拶や、田んぼの様子も見て参りました。もうすこしで、今年の黄金の絨毯となってくれる夏の稲。元気に育っていました。

2011年夏 稲の花

夏の青空の下、稲の花が一面に咲いていました。
放射能調査で世間が揺れる中、何食わぬ顔で伸び伸び育つ稲達。田園風景は変わらずに美しいです。
「まな板の鯉」と農家さんは今の辛さを表現されていました。調査の結果が、良いものであるよう祈るばかりです。

ご自宅に5Kg or 10Kgをお届けさせて頂くというBigな引出物。新郎新婦からの大切な方々への想いです。
そんな新郎新婦の想いに答えたパッキングプロジェクトでした。たくさん「おかわり」して頂ければ嬉しいですね!

2011年5月7日 for wedding party

結婚式披露宴、2次回のギフトとして僕達の「おいしいおこめのおすそわけ」をお届けさせて頂きました。いずれもG.W.中に宮城県栗駒で精米&パッキング仕立ての最高の鮮度のお米たちです。
地割れの道、瓦礫の街を通って僕達と一緒に上京しました。天災にも負けない、強いお米。揺るがないお米。どうかお二人がずっとずっと幸せでありますように。
お米を手に取って頂いた皆様、僅かばかりですが、お楽しみ下さい。


2010 秋 山形

収穫前の黄金の絨毯。
この国では、こんな風景がそこかしこに広がる。ある種のデフォルト。
食卓に並ぶ前の最後のたんぼでの姿、シェアします。