これまでの徒然 | おいしいおこめのおすそわけ

おいしいおこめのおすそわけでは、「むすび米」という最高のお米のみを販売しています。
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最近の報告はfacebookページやtwitterで皆様にお伝えしておりますが、
以前は掲示板に私たちの徒然なる思いを書き連ねておりました。

こちらのページでは、昔私たちが考えていたことをそのままの表現で掲載させて頂きました。
初心の気持ちが、記録されておりますので、ご興味あれば、ご一読いただければ幸いです。

「おいしい おこめの おすそわけ」のはじまり Y 2010/09

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はじめまして。ヨシタカです。

昨年、3人でこの活動を始めました。
もともと大学時代の同期なので、関係はフラットです。

それぞれの名前がシュウジ、ケン、ヨシタカで、イニシャルを並べたらSKYになったので、
団体名もそれにあやかることにしました。

3人とも平日は会社員として頑張ってます。
農業系や飲食系というわけではなく、むしろ全然違う業界にそれぞれいます。

でもこの活動も、本気でやっています。
最初はよく知人から、何でそんなに熱心にやっているか不思議がられていましたが、今では「おこめどう?」と聞いてくれるようになりました。
平日がむしろ正反対な環境で働いている分、自分たちだけで細々とでも何かを始めて継続するって、目に見える実りがグングンありますし、
楽しみながらやっています。

さて、今日は最初なので、この活動を始めた当時を振り返ってみたいと思います。

もともと、僕自身は実家が農家というわけではありません。
とはいえ、石川の田んぼに囲まれた片田舎から東京に出て来て12年、地元愛が自然と根付き、
地方と東京について考えることが次第に多くなってきました。

そんな去年のある日、シュウジと再会して飲んだ帰り道、
「東京で買うお米って、おいしくない。実家で作って食べていたお米っておいしかったんだな〜とホント思うよ」ということを彼がふと口ににしました。

「ふ〜ん。じゃ、そのおいしい実家のお米とやらを東京で売ってみる?」
と、軽いノリで訊ねてみました。

「うん、やってみたい」
「よし、じゃあやろう」

普通はこの拍子ならこれで会話は終わり、
次の日にも忘れ、次会った時も別の話題で盛り上がります。

「じゃ、次会った時、どう進めるか話し合おう」

なぜかこの時はそこまで話を進めたいと思いました。

あとで聞くと、彼はそれを本気でやってみたいと以前から腹の中であたためていたそうです。
で、この時意外にも僕がやたらノっかってきた、彼にしてみればそう思ったみたいです。

別にうまくいくとか、そのような算段は僕に(そして多分彼にも)まったくありませんでした。
むしろロジカルに考えれば、取り組まないほうが経済的にも時間的にも合理的なのかもしれません。
たぶん、一般的な企業の経営企画ではこの活動を提案しても承認される可能性はまずないと思いますし、
銀行にいっても事業融資は断られちゃうと思います。

平日の仕事ではそんなふうに考えることばかりの二人ですので、多分その反動なのでしょう、
何気ない思いつきでも、失敗してもいいからとにかく行動にしてみよう、
ってか行動せずにいられない、
たまたまお互いがそんな衝動にかられていた時期でした。

実は、この再会の前の飲み会で、珍しく、というかおそらく初めて僕らはケンカ(!?)というか感情的な口論をしてました。
なんでかは、いまいち覚えていません。
が、彼がふと語った熱い思いや理想論に、僕がかなり現実的な側面から反論をした、というのが発端だったように思います。

理想と現実、スタンスはそれぞれ逆でしたが、
二人とも当時、同じような悩みにもがいていた。
それが火種だったのじゃないか、と思います。

学生からの付き合いだと、むかしと今の違いがスグ分かります。
当時は青臭いけど、真っすぐで純粋な思いを率直に語り合えていた。
対して、今は妙に大人になって、グチが多くなる(笑)。

いつから自分たちは未来の夢を矮小化したのだろう。
旧い顔と放すと、嫌でもそんな歯がゆい思いに駆られてしまう。

あのとき思い描いていた大人に、自分はなれているだろうか。いや、なれていないな。
そして今何かやらないと、きっとこの先もずっとなれない気がする。
とはいえ、家庭は守らなきゃいけないし、ちゃんと稼いで食っていかなくちゃいけない。
自分はどうすべきなんだ!?

そんな脅迫観念みたいなものが募り、それぞれが限界に達していた。
というわけで、一色触発というやつでケンカになったのかと思います。

とはいえ、旧い仲なので別に気まずいこともなく、
次に会った時は僕たちは自然と前向きで行動的にやっていこう、
そんなマインドになっていました。
「考えてから行動する」というのより、好き嫌いせず「とりあえず行動してみて、同時に考えてる」ほうがカッコいいんじゃないか。

だから僕は、当時特別な関心があったわけでもない「お米」の活動に対しても、誘われてもないのに即答したのだと思います。

さらに、ちょうどそのタイミングで、シュウジと僕が最も信頼する友人の一人であるケンがこの話に関心をもってくれました。
とてもヒューマンで熱い思いをもちながらも、ちゃんと現実も見据えて緻密かつ的確に一歩一歩のプロセスを明確にする、
ケンはそれが得意です。
以前シュウジの結婚式でケンと僕が幹事をしていたので、二人ともそれがよくわかっていました。

だから事を進めるにあたって、シュウジも僕も彼がいてくれると、非常に安心感があります。
(彼がいないと、またすぐケンカして(笑)、とっくに終わっていたかもしれません)

といわけで、ケンも加わり、3人でシュウジの家に集まりました。
そして、シュウジの実家近くの宮城のお米と、ケンが知り合いから入手した山形の農家さんのお米と、スーパーや通販で買い集めたありったけのお米を食べ比べてみました。
炊き方は一般的な家庭用炊飯器で、ごく普通のやり方です。

結果はびっくりするくらい一目瞭然でした。
宮城と山形の農家さんのお米が抜群においしい。
素人でも、やっぱりそこは日本人、白米の味の違いがこんなにもわかるものか、とびっくりしたのを覚えています。

たとえ同じ品種でも、味はぜんぜん違うんだ、とか、
生産されている場所の平均温度や雨量、水の奇麗さや、田んぼの土の栄養分も味に大きく影響するんだ、とか。
そんな当たり前のことを肌で感じた衝撃はとても大きかったです。

どうせ毎日食べるなら、おいしいお米を食べたい。
日本一おいしいおこめって、どのお米なんだろう。
他ならぬ自分にそんな衝動と好奇心が芽生えたので、これは一度東京でやってみる価値があるんじゃないか、と実感しました。

その日から僕たちの「おいしい おこめの おすそわけ」は始まりました。

さらに勉強していくと、現在の農家さんの現状や流通の課題など、
日に日に「お米」が教えてくれることは、今の日本にとっても重大なテーマで、そして根が深いことが分かりました。

泥臭く地道に、でも目先ばかりにとらわれずに視野は広く柔軟に。
熱い思いと重い米を運ぶこと。
それを楽しみはじめて、早く一年が経過しました。

あの時食べて目を剥いた宮城の「ひとめぼれ」と山形の「あきたこまち」を、
去年東北までハイエースをすっ飛ばして仕入れさせて頂いたあのイベントが、今年ももうすぐやってきます。

とても、楽しみです。

つづけること S 2010/09

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もうこの活動をスタートして、1年と2カ月が経ちました。
去年のこの頃はと言えば、、、

 ・仕入先の農家さんも決まっていない
 ・販売チャネルも分からない
 ・パッケージもない
 ・事業資金もない
 ・サラリーマン生活で時間もない

と、、、まさに「ないない」尽くしでした。

あったのは、ほんとに「思い」と「好奇心」だけ。

そんな活動が1年を超えて、皆様の支えあって、こうして続けられてこられたことは、本当に嬉しいことです。

わずかながらですが、僕たちのコンセプト(農家さんがちゃんと生活できる水準を担保して買い付けさせて頂く)おすそわけさせて頂いた農家さんの「作品」であるお米が、家族のために作られた愛情たっぷりの縁故米が、やっぱり、「おいしいおこめ」だったということだと思います。

そして、たくさんのお客様にコンセプトにも共感して頂き、喜んで頂けたことは、何よりもこの活動を続けていく自信にもなりました。

そして、どうしてもこれまで消費者の喜んだ顔を見たことのない農家のみなさんにフィードバックしたいと心から思いました。


なので、僕たちはこの活動をずっと続けていきます。


世の中には、「続けること」「辞めること」いずれも何かを教えてくれることは間違いないと思いますが、この活動はきっと続けることで、少しずつパワーを発揮して、その意義が生まれていくんだと思っています。

いつまでも「自分は何者だろう」なんて青臭いことを考え続けてきた僕自身が、30歳になって、ようやくこれまで経験してきた点と点がつながって、「これがしたい」と思えたのは、少なくとも僕にとっては奇跡です。

農家で生まれて、地方で育った、そして大人になった今東京にいる自分ができること。

第一次産業をフックに地域をもっと元気にするお手伝いをすること。そこから広がる幸せな時間を世の中に増やすこと。

ずっと続けようと思っています。

地方と都会と海外の間に。〜農家の方々と触れて感じた自分の立ち位置〜 K 2010/10

おおお素材web用-34.png9月末〜10月にかけて、2010年に私たちが販売させて頂くお米を引き取るべく、東北巡業に数度行きました。短期間に東北に数度も行くのは初めてでした。

SKYのSYと違い、両親の生まれは地方なものの、K自身は都会生まれの都会育ち。正直、普段生活する中では地方に対して、意識することなく育ってきました。

きっと、地方で生まれ育ってから都会に出てきた両親はどこかで、都会ではできない、人や自然との触れ合いを知っている人間、引いては海外へと飛び出す人間に育って欲しいという思いもあって、自分を小学生の時には長野の山奥にキャンプに出したり、中学生の時にアメリカへ1ヶ月送り出してくれたのでしょう。これで火がついたどうかはわかりませんが、その後も自分は大学時代に世界各国を旅し、所謂アジアの発展途上国では不自由な思いもしながら、人との関わり、文化の違い、モノの考え方を体感し、さらには自分の趣向の変化も起きました。

勿論、都会での便利な生活は、この日本という国が発展してきた末の産物が集積しているわけであり、それは高度経済成長期を死に物狂いで働いてきた先輩方の功績であり、それは誇りであるし、その恩恵を自分は相当受けてきたと感じます。

一方で、日本はこのまま永続的に発展し続けるわけもない、という思いも感じていました。それを強く感じたのは海外に仕事で行った時なのですが、1つのエピソードとして、「ヨーロッパでは非常に土着意識が高く、相当なことが無い限り、自分の生まれ故郷から離れることはしない。仕事を辞めるのと引っ越しなら、前者を選ぶ」、と。以前、外国の方と話した時に、そういう状況に相対しても、「その土地が好きだし、毎日おいしいものが食べれれば良いんだよ。仕事は探せば良い」と仰っていました。都会で暮らす自分にとっては、この考え方ができる人がとても羨ましく思えたのと同時に、結局は考え方の問題なので、いかに仕事が忙しくても、日本人でもできるのに、世の中的なシステムがそれをできなくさせてしまっているんだろうな、と感じていました。

この活動を始めた時、なぜかやろうと思ってすぐ行動できたのは、一緒にやっているSYがやると言ったから、というのが一番大きく、お米に関しては、海外長期出張の際に、おいしいお米が食べられないことに対してのツラさを感じ、これを食べられなくなるというのはツライな、という思いでした(これも重要な原体験だと思いますが。)。

それが、この活動をすればするほど、特に今回のように農家の方々と会話をすればするほど、のめり込んでいく自分がいます。元来、やろうと決めたら死ぬ気でやるタイプですが、この活動では、地味なようでとても大切なことをじっくり続けてやることで成果が出、また都会で育った自分でも、農家の方々に安心してお米作りをしてもらえる手助けができることが、農家の方々と話すと良くわかり、それが今SKYの使命感のようにもなっていて、自分もその使命感に対して、やりがいを感じます。そして、自分が地方と都会と海外の間に立って、おいしいお米が食べられるように活動しながら、しかも楽しんでやる、そしてその楽しいの輪を広げていく、そんな立ち位置になっていければ、と。

農家の方々の抱える多種多様な苦悩や問題を知り、日本の文化の象徴でもある高品質のおいしいお米が本当に日本で食べられなくなる時代が来る、という危機感すら感じますが、一方で、農家の方々の経験や知識、逞しい横顔、そして作り出されるおいしいお米を食べるにつれ、その内に秘める思い/熱さ/逞しさを感じています。

今回の東北巡業では、収穫体験をしたり、流通までの仕組みを知ったり、農業にかかる費用の問題を知ったりする一方、おいしいお米を沢山食べさせて頂きました。続けることで信頼をしてくれる人が居たり、バカなことをやってるな、という人が居なくなってきたり、変化は確実に表出しています。

今月から本格的な新米販売シーズン、がんばります。

3人でやっています。 Y 2010/10

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今更ながらですが、この活動は3人でやっています。
大学の同期なので、年はほぼ一緒です。なのでいわゆる「タメ」ですので、上下関係ではないフラットです。
もともと強固な信頼ができあがっていた間柄だったこともあり、ここまでもめることもなく、少なくとも私はすこぶる順調(なつもり)です。

というか、3人ってのはうまく機能するな!って実感することがよくよくあります。

例えば、もともとこの活動はそれぞれ平日は会社員をしている3人があつまっているので、平日の勤務時間は動けません。
ので、平日は3人でやっとすべての時間をこの活動に捧げることができる1人分に相当する労働力を確保できてる、という物理的なメリットがまずあります。

それだけではなく、休みの日、特にマルシェの出店とか、1人が風邪を引いたりで休んでも、残り2人でなんとか成り立ったりする補完性が凄いな!ってよく実感しますし、助けられてます。

打ち合わせである決断を迫られたときも、3は奇数ですから当然イーブンにはなりません。
2対1になったら、何となく1になった人が引っ込めます。だから割と普通はすんなり決まります。
でもあるとき、その1人がそれでもしつこく主張を続けたら、彼の熱い本音に気づいたり、または3人とも気づかなかったよりよりアイデアが生まれた、議論が深まるキッカケになります。

担当も全員がセールスであること意外は、Sはアドミ、Kはマーケ、Yはデザインと得意分野もバラバラなのも、
かえって変な衝突を生まずいいのかもしれません。

結構そんなふうに「3」の合理性を実感できている今日この頃、
組織の単位がピン/コンビ/トリオのどれか、
そしてその単位を構成するメンパーの力関係がフラットかヒエラルキックか、
という二つの切り口で観察していくと、いろいろ見えてくるんでないか、と考えるようになりました。

我々は「トリオ」で「フラット」型ですが、
「トリオ」で「ヒエラルキ」型はあまり上手くいかない気がします。(例えば3匹の子豚とか、笑)

コンビはどっちもその機能の目的次第であり得るんですかね。
漫才師のような「フラット」型と刑事のような「ヒエラルキ」型と。
作用と反作用で直線的に成長していく気がしますので、よりトリオのときよりも個性が求められる気がします。

ピンは力学がない分、もっとも分かりやすいです。その1人が万能であればあるほど最適なのかもしれません。

もちろん僕らは個性的でもなければ万能でもないので、いまの「トリオ」が心地いいのかもしれません。
これからこの組織も拡大していくことになればうれしいですが、そのときもこの「3」と「フラット」の観点からバランスのとれた状態をつくっていけたらいいなと思います。

つれづれなるままで失礼しましたが、これからも3人で立体的に世界を拡げつつ、だけどとんでもない方向に暴走しないようにお互いを見張りながら、この活動を続けて成長していければと思います。

原点回帰~2010年新米販売開始前夜に~ S 2010/10

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明日から、いよいよ僕たちの「おいしいおこめのおすそわけ」の活動、2年目の販売開始です。

こうして続けていけていることに、多くのパートナーの皆様に感謝しつつ、今晩は明日からの販売に向けて一生懸命準備しようと思います。

そして、今夜、もう1つやっておきたいことがあります。それは、一度、自分自身この活動をはじめようと考えた時、原点に戻って当時の想いに立ち返ることです。

ここからの文は、ちょうど2009年7月に、初心を忘れないようにと、記したものです。

ここから1年以上が経過しましたが、30歳になった今、こうして夢を持っていること、そして、一緒に未来を信じられる仲間がいること、を本当に幸せに思います。

_____________________


ある日、いつもの朝御飯に違和感を感じた。
粒の弾力が弱く、ぱさついている。甘みも少ない。

その違和感は、次の日も、その次の日も続いた。
単なる炊き方の問題じゃないような気がして、遂に妻に聞いた。

「米、変えた?」

***

これまで一度も米を買ったこともなかった。

それは、実家が農家だったからである。
我が家では、宮城県の栗駒山の麓で稲作を中心とした農業を営んでいた。
牛も数頭買っており、肉牛として出荷する他、その糞を田んぼの肥料として活用していた。
その堆肥を使って家庭用にこしらえた野菜も、形こそ不揃いで、虫に食われたものも多かったが、
スーパーの野菜なんかより随分と旨かった。

だから、18歳で上京してからも、米を送付してもらえたので、いつでも実家の米を食べることができた。
その米の味について、もちろん日本一とは思っていなかったが、それでも、普通に旨いと思っていた。
東京に来て外食が増え多くのお店の米を食べる中で、その思いは随分強いものとなっていた。

***

「いつもどおり、(Sの)実家から送られてくるものだよ」

そう妻に切り返され、思わず、僕は実家に電話をした。

そして、真相が明らかになった。

祖父が米作りを辞めたのだ。

田んぼを親戚や近所の農家に貸しているということだった。

違和感を感じたその米は、どこで収穫されたのかも分からない米だった。

米作りを辞めた理由を尋ねると、それは「老い」と「米の売価がものすごく安くなったから」ということだった。

***

初めて気付いた。

米って作り手によって、こんなに味が違う。
土によって、肥料によって、水によって、こんなにも違う。

無駄な農薬も使わずに牛の糞を肥やしにして、そして、栗駒山の雪解け水を使った
祖父が魂を込めて作った米は、「旨い米」だったんだと思った。

そして、今回の田んぼを辞めることを決断した祖父の思いを想像して心が痛くなった。
中学に上がってから部活を理由に、田んぼの手伝いを辞めた、自分を悔いた。
約30年間、家業に関心を持たなかった自分に恥じた。

そんな後悔が、危機感に変わった。

祖父のように精魂込めて米を作ってきた農家が日本中で消えつつある。

多くの消費者は、この現実を、そして「本当に旨い米」を知らないのでは。

***

その後、農業関係の本を読み漁り、いろんなことを知った。

・JAの買い付け価格が異常に安いこと
・世に出回る米のほとんどは多数の農家のブレンド米であること
・担い手不足、減反政策などにより全国で荒れ果てた田んぼが増えていること
・そして、農家を生殺しにする国の愚策

昨年秋のリーマンショック以降の世界経済の様子を見てからずっと、
「理想の社会って何か」考えていて、拡大・成長を前提とした画一的な社会・経済システムに
疑問を持っていた自分にとって、この出来事は稲妻のような衝撃を与えた。

そして、こう思った。

「旨い米を、適正な価格で、消費者に届けたい」
「頑張る農家にしっかり報いたい」
「『地方も元気な日本』に貢献したい」

これがこの活動を始めようと思ったきっかけである。

「おこめ」の裾野の広さ Y 2010/11

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サラリーマンをやる傍ら、休日ボランティアで「お米を売っている」という話を知人にすると、
9割の方は「なんで?」と真っ先に質問されます。

その質問はごもっともで、僕の実家は田舎ですが農家というわけでもなく、これまでの人生でも農業の「の」の字もなかったものですから、
僕のことをよく知る方ほど、気になるところだと思います。

先の投稿に書かせてもらったように、それなりに楽しみながら、かつ「やりがい」を見いだしながらこの活動を続けている道程をお話すると、
大概わかってもらえて、ありがたいことに応援してくれたり、励ましてくれます。

さらに、それで話は終わらなくて、みなさんお米には味に対して特有の好みがあったり、炊き方にこだわりがあったり、
親族や身近にお米つくってらっしゃる方がいたりと、お米にまつわる色んな話題に発展します。

お米の流通の仕組みや、それをふまえてお米を美味しく食べるためにどう購入したらいいかとか、興味深く耳を傾けてもらえたり、
一方で僕らのお米の魅力を話したら、ああやったりこうしたらもっと伝わりやすいし買う気になるとか、
売り方に対するヒントを与えてもらえることもしばしば。

やっぱ日本人、お米には自然とみなさんそれぞれの「思い」があって、会話が次第にほのかな熱気を帯びてくる。
それを感じると、とても刺激になるし、何より元気がでます。

マーケティングに”AIDMA”という有名な古典概念がありますが、
「おこめ」自体を商品とみなすなら、
”Attention(知る)、Interest(興味を持つ)、Desire(欲しいと思う)、Motive(動機を求める)、Action(購入する)”
のすべてを当然、凌駕しています。

その先の、自身の習慣に根付いた一部として”Synchronize(同期する)”と名付けてもいいようなステージな気がします。
ゆえに安定性がなによりも優先され、現状のお米の流通はここ数十年変化することなく、極めて定常的な状態を保ち得ている。

そんな多分に慣習的かつ膠着的になっている現状を、一度見つめ直してみて、もう一度AIDMAのサイクルにのせてみる。
僕らが続けているこの活動は、そういうきっかけになるんじゃないか、そんな淡い期待をもっていたりします。

おこめの話って弾む。
「50年後も100年後も日本の美味しいおこめを食べていたい」そんな思いは僕らだけでないはず、と勇気をもらえている。
だからこの活動に可能性を感じてしまう。

それが「なぜ?」に対する一つの答え、なのかと思っている今日この頃です。

1年分の胃袋 S 2010/12

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「これから、1年間よろしくお願いします」

僕たちが今年からスタートさせて頂いた「おいしいおこめのおすそわけ倶楽部」にご入会いただいた皆さまから頂戴した言葉です。

「おいしいおこめのおすそわけ倶楽部」は1年間、お好みのお米をお好みの量、定期的にご自宅にお届けさせて頂くサービスですが、ありがたくも多くの方にご入会頂くことができ、毎月、精米したてのお米をお届けさせて頂くことになりました。

ご入会時に、マルシェで、そしてメールで、交わさせて頂いた「1年間」というこの言葉に、ずっしりとした重みを感じました。

精米する度、お送りする度、それを感じています。


1年間のお客様の食卓。

きっとお米は毎日召し上がる方が多いでしょうから、1日1回でも365回。朝夕の2食なら730回。

730回分の主食。

日常生活で、「1年間、よろしくお願いします」なんていうことあまりなかったと思います。

サラリーマン生活の中では、「今後ともよろしくお願い致します」「引き続きよろしくお願い致します」はよく耳にするし、使っているけど、なんか違う気がしています。


「1年間」という確かな時間。

「食事」という生活の根幹をなす重み。

「主食」という食事の中での位置付け。


それは、とても強い責任を感じさせてくれます。

それは、同時に誇りも感じさせてくれます。

日々頑張って生活する方のエネルギーや活力そのものにお役立ちできるというこの実感は、今まで感じることがなかった種類のものに感じています。

「1年間よろしくおねがいします」の言葉は、改めて、僕たちが扱わせて頂いている、「食」「お米」の本質を考えさせてくれました。


そんな折、世間では、

・横浜で開催されたAPECにて農産物の関税撤廃に関する議論がなされていました。
 (お米の場合関税が撤廃された場合、1俵3,000円まで米価が下がるとの試算もある)

・今年の天候でお米の品質が低下していると報道されていました。

・お米が余っていて、米価が一層値下がりするとの見方が強まりました。

・戸別保障制度による補助金が、逆に米価を下げるインセンティブになるという事態が起こりました。


そんな状況や議論を待たず、どんどん農家は(あくまで総数ですが)減っていき、どんどん年老いて行っています。
(※農水省データ;農業就業人口は260万6千人で、5年前に比べて74万6千人(22.3%)減少。 農業就業人口の平均年齢は、65.8歳)


保護か、自由化か。その両方か。

今後この国の米は、食は、どんな方向に舵を切って進んでいくのでしょうか。

この問いに対しては、もうすぐ訪れる年末にかけて、じっくり考え、自分なりの結論を持てるようにしたいと考えています。

それと同時に、今は、今できることを地道に、確実に続けていきます。

おいしいお米を、正しい形で(少なくともSKYがそう思えること)、都市に、世界に届けること。

お米のことを、その作り手のことを、もっともっと多くの人に知ってもらうこと。

そして、

お客様のご期待を裏切らずに、しっかり胃袋を満たしていきたい。

お客様の一層幸せな食卓に少しでも役に立ちたい。


そんな風に思っています。

お米を食べない時間 K 2011/01

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SKYの活動も2年目を迎え、あっという間に2011年に
なりました。あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

最近、家ではお米を食べていません。
この活動をしているのに何故?偽善か?(笑)と
言われそうですが、理由はあります。
うちの炊飯器を青山のマルシェ用に貸し出しているので
物理的にお米が炊けないのです。
なので、今は「外で」お米を食べているのです。

でも、日本という国は幸せです。
土日もお店はやっているし、24時間、家の近くに
コンビニという幸せな場所があり、おにぎりが
食べたくなれば、すぐに食べることができます。
本当に幸せです。

この幸せ、普通は普通に体験しているものですが、
じゃあお米が物理的に10日間くらい食べられなく
なったらどうなるかな?と考えたり。

来週、そんな環境になります。
お米が食べられないと自分がどんな気分になるか、
断食ならぬ断米、試してきますね。

1000年後とおこめ Y 2011/01

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僕らの活動で標榜している言葉に、「1000年後のことはわからない、でもきっと米は食べている。」というのがあります。

1000年後ってどうなっているのでしょうか。
そもそも、そんな先のこと考える意味はないかもしれません。
僕らも1000年後のためのことだけを見据えて日々活動しているわけではないです。そんなことしてたら、動けません(笑)

なので、これはあくまで「姿勢」です。
おこめを通じて、日本の未来のことを、できるだけ長~い射程距離で眺めて、少なくとも現時点で僕らが意義を感じることを、地道に少しずつやっていこう、ということです。

ただ、他の業界に比べ「お米」をはじめ農業の世界だと、1000年というスパン、さほど無意味でもないスパンだったりします。
例えば、ハイテク系の業界では、想像が及ばない進化がなされているでしょうし、進化が速い分50年後、長くて100年が射程距離の限界だと思います。
そこはさすが第一産業、そこは人体の活動を維持する根本に関わっている産業ならではの強みだと思います。

例えば、1000年前を振り返ってみると、1011年、時は平安時代真っ盛り。もちろんお米は食べています。

一方、テクノロジーは考える間もなく、かなり違います。そもそも電気もありません。
コミュニケーションとってみても、もちろんメールもtwitterもないです。
でも当時の貴族たちには俳句や短歌があって、そして連歌がありました。
感情の機微や意志を短文で疎通させるというのは、twitterみたいなものだった、と思えば彼らも当時twitterをひらめいてもおかしくない、といえばそうかもしれませんが、やはり無理があります(笑)。

当たり前ですが、人体はさほどかわっていません。
頭があり胴体があり手足があり、指は5本。空気を吸って、食べて消化して、寝て、人と一緒に生活して、社会がある。
誤解を恐れずに極論すれば、違うのは、寿命の長さくらいかと。

そう考えたら、1000年後も、おそらく大差ないと思えてきます。

では寿命はどうでしょう。
こないだ知人の医師3人と飲んだついでに聞いてみたところ、脳外科と消化器外科と整形外科で毎日手術して人体をみているだけあって、揃ってわりとクールに「寿命を延ばすことはすでに限界」という答えでした。
脳や心臓が自律的に動き続けてアクティブに維持できるのは100年そこらで、「物理的に」それ以上はもたないのが一般的な印象だそうです。
(もちろん、あくまで「自律的」な前提で、さまざまな投薬や生命維持装置によって生命を「長らえさせる」という話は別です。)

いろいろ薬が開発されるかもしれません。あるいは、ひょっとしたら年をとったらクローン技術によって若いころの自分の人体に脳だけ移植され、実質は200歳、身体は18歳、という状況もあるのかもしれません。かくいうお米も「クローン」によって複製されて流通しているかもしれない。

とはいえ、日常的に「食べる」という行為は変わらないと思えます。
しかも、なるべく「美味しい」と思えるものを食べたいと思っているでしょうし、それが何となく確信めいて感じられます。
それが「おこめ」をはじめ、食べ物って実感できるところがスゴイ。

なんかだいぶ話がどこにいくのか分からなくなってきましたが、僕がこの活動を通じて「根源的に、ヒトって、よりおいしいもの食べ続けて生きていきたい存在だよな~」という確信めいた実感をもちはじめています。
いたって当たり前なことです。でも、「今やっていることが1000年後もきっと誰かがやっている」という、「時代を紡ぐ」という感覚を身近に感じられることは素敵な気がします。

1000年は大げさとして、少なくとも100年、50年といった僕の孫の代にも今「おいしい」と思ったお米を食べてほしい。ひょっとしたら50年後の多くの日本人は、日本産のお米を食べていないかもしれません。故にその「おいしさ」を知ることなく成長して、そもそも食べてみたいとさえ思わないかもしれない。
今食べている日本のお米がおいしいと感じるからこそ、漠然と、それには寂しさを感じてしまいます。

そして、豊かな自然と四季に沿って稲作がなされ、今年の新米の時期を楽しみにして1年が過ぎていき、お米が食卓に並ぶ。そんな脈々と流れてきた時間の流れとともに、おこめのおししさは保たれてきたのでしょう、その流れを絶やしてほしくない。
おいしいと思えるものを次世代に残していく営為をやり続けたほうが、豊かな未来がありそうな気がします。

農業の未来、最近はいろいろなメディアで取り上げられるようになりました。
とはいえ、僕の知る限りそのほとんどは、まだまだ農家さんがそのテーマの対象で、主役のように語られています。
ほんとうにそうでしょうか。
僕は、主役には消費者の方々、つまりはおこめを食べる日本人のみなさんも加わるべきだと思います。

「近い将来、日本で作られたお米は基本的に食べられなくなります。それでもいいですか?」
この論点を、今日本人には突き付けられているのだと思います。
そういう話題が喚起され、「国民的な議論」に盛り上がってくれれば、農政のたどる道も少しははっきりとしてくるのではないかな~と感じていますし、そうなってほしい。

微力ながら、僕たちが「おいしい」と思えた、これぞ日本米の底力!というおこめを届けることで、長―くおこめと日本の未来を考えるきっかけになる、その一助となればいいな、と思います。

おこめで気持ちを伝えるということ Y 2011/01

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ありがたいことに、贈り物としてご注文をいただける機会に恵まれることがあります。
結婚式の引き出物やお歳暮、最近ではまさに「米」寿のお祝いにご採用いただきました。

「おいしいおこめ」が大切な方への感謝や愛情というかけがえのない気持ちを代弁する重大な役割を担います。
発送させて頂く度に、精米したてのわが「おこめ」たちがしっかりご期待に添えるよう願いを込めます。

そしてこの春、楽しみな企画があります。
新婦が宮城出身の友人ご夫婦から、引き出物としてご注文をいただいた案件です。
僕らのお米の不動のエースに宮城県の「ひとめぼれ」があります。それを中心にパッケージさせていただきます。
お二人が「ひとめぼれ」かはまだ伺えてませんが(笑)、とてもうれしいご縁です。

一般的に、現代の引き出物は結婚式場が支配していることが多いです。
つまり、結婚式場が納入を認めた会社の一覧がカタログになっていて、そこから新郎新婦が選ぶことが通常です。
もしも、どうしても新郎新婦がそれ以外の自分たちで選んだ品を引き出物にする場合、別途「持ち込み料」が発生することも珍しくありません。
なので自由に考えたくても、式場を引き出物だけで決めるわけにもいきませんから、そこから選択するしかない。
それが当たり前になっているようです。梱包もパッケージも全部してくれるので、そのほうが手間もかかりません。

残念ながら僕らのお米は量に限りもあるので、結婚式場様とのそのようなお取り引きはまだできていません。
しかもお米はそもそも重いため気軽に2次会に持って行く事もできず、向いていません(笑)

それでも今回僕らのおこめを選んでもらえたことは、手前味噌ですが「お米がおいしかった」ということに加え(笑)、
それ以上の特別な期待していただけたからだとおもいます。

キッカケは、僕らのおこめが、もともとは米農家の方が家族で食べている「縁故米」であるということで関心をもっていただけました。

そもそも結婚式や披露宴はこれまでの人生でお世話になった、大切な方々をお招きする会。
いわば広義の両家の「家族」が集う、一生に一度の場。
そしてその両家が、一つの「家族」になる。
結婚式は家族がテーマである、なので「縁故米」もしっくり感じていただけたのでしょう。

当たり前ですが、引き出ものは単なるお返しのプレゼントではありません。
列席者に「あなた方は家族同然に大事な方々です。今までありがとうございます、そしてこれからもどうぞよろしくお願いします」という気持ちを伝える。
そんな重要な役割を「おこめ」が果たさなくてはなりません。

その感謝の気持ち、どうすればより深く伝えられるのでしょう。
今回、僕らはお二人から期待とともに、その問いを与えられているのだと思います。

というわけで、そんな思いをより伝えるべく、今回「引き出物のおこめ」にまつわる映像を流す時間もいただけることになりました。
この引き出物はどういうものか、そして二人とどういうつながりがあるか。
そのようなことを熱い映像にまとめさせていただきます。

おかげで実際、二人が宮城まで行ってお米を刈ってみたり、ついでの青山ファーマーズマーケットで一緒に売ってみてくれたり(笑)、
既に「単なるプレゼント」の域を超えて、いろいろと一緒に行動を共にしていただくことができています。

僕らも単に品物を納める業者の域を超えて、会場の気持ちが高ぶるような、二人と列席者の方々との間に「温度」を伝える重要な媒体でありたい。
大げさかもしれませんが、素敵な披露宴の一翼を担う重要な立場なんだと気合いを入れています。

これから取り組みが一層本格化します。
炊きたてのごはんのように、ふっくらほっこり、温かい披露宴になるようお祈りするとともに、
全力を尽くします。とても楽しみです。

「かまくら」と「つながり」 S 2011/01

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年が明けて1週間余りが経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。

僕は、今年の年明けも実家の栗駒で迎えました。

今年は、最近にしては珍しく、栗駒は雪がけっこう積もっていました。
そんな時の東北新幹線の景色が僕はすごく好きです。

東京のコンクリート街が、埼玉を抜けて、裸になった木々や田んぼの茶色の風景に変わり、それを眺めていると、次第に雪がちらついてきて、栃木から福島に近づく内に視界が白で覆われる。

寒いのはやだな~、なんて思いながら、懐かしくって、そしてなんかワクワクしてしまう。

孫の帰りを待ちわびた僕の父親は、3歳になる僕の娘と楽しくソリ遊びをしていたり、なんか懐かしい年末を過ごしました。

そんな僕も雪を見ていたら、無性に「かまくら」を作りたい衝動に駆られ、気付くと、かまくらの基礎になる雪山作りを始めていました。

それを見た父がいつの間にか手伝ってくれて、3時間後には大人が3人入れる立派なかまくらができました。

親父とかまくら作りなんて何年ぶりだろう、なんて思いながら年越しの夜、かまくらの中で蝋燭に火をつけて、お酒を飲みました。

かまくらを作りながら、別段の会話があったわけではないけど、昔何度となくこうして一緒に実家の庭で雪で一緒に遊んだ感覚を懐かしんでいる。

今回は年末の帰省だけど、「おいしいおこめのおすそわけ」の活動を始めてから、実家に帰る機会が格段に増えました。

そして、家族、とりわけ親父とのコミュニケーションが増えました。コミュニケーションなんて呼べないぶっきらぼうなことも多いけど、でもそれをきっかけに、遠くにいる家族の近況を話したりなんかする。

それは活動の目的でもなんでもないんだけど、それでもこういうのも悪くないと、そんなことを感じる今日この頃。

この活動をしながら、思春期になっておろそかにしがちだった実家との「つながり」を少しでも確かめられたなら、なんて思う、2011年の年初です。

本年もどうぞよろしくおねがいいたします。

3歳の娘がマルシェに立ったら S 2011/01

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3歳の娘がいます。

ご多分に漏れず、やっぱり女の子の子供は、女の子らしい「○○ごっこ」が好きで、

 ・お料理ごっこ
 ・お店屋さんごっこ

から始まりました。
(今では駅員ごっこ、医者ごっこ、なんとかレンジャーごっこ、とちっとも女の子らしくないのも増えましたが・・・)

それで、お店屋さんごっこをあまりにも一生懸命やるものだから、その頃から

「いつかマルシェのお店に連れて行きたいな~」

と、そう思っていました。

娘の目に入る中で僕がやっている仕事はやっぱりパソコンを叩いていること以外は、お米の作業をしていることが多いから娘はやっぱり父の仕事は「お米」だと思ってます。

だったら父の職場を見せて、しかも売り子を手伝ってもらおうと。

ようやくそれを実現することが出来たのが、昨年の12月でした。

楽しそうに、家でやっているように、「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ~」なんて、言ってくれるかなぁと、そしてお客様とお話なんかしてたら父としても微笑ましいな~、なんて思っていたのですが、、、

蓋を開けてみたら、完全に固まって妻にしがみ付く始末。「いらっしゃいませ」なんて一言も発せずでした(笑)

完全に、現実のお客様の姿、その全体の雰囲気にのまれてしまったんだと思います。

何にもできずに半べそかいている娘を見ながら、やっぱり、お客様の前に立つことって簡単じゃないんだ、とそう確認しました。

それは娘だけじゃなく、もちろん自分にとっても一緒。

「話す」が2割、「聞く」が8割。
営業の基本なんてよく言います。

でも、そんなこと言いながら、簡単なことじゃない。

2009年の秋、初めてマルシェに立った僕達SKYの3人は、もう伝えたい気持ちでいっぱいで、喋る、喋る、喋る・・・。

どうやってこのお米の良さを伝えようかと、もうそれにいっぱいいっぱいになってしまっていました。
(全員サラリーマンとしてもセールスもやっているのに、これまたお恥ずかしいのですが(笑))

きっとお客様を圧倒してしまっていただろう、と今更ながらにそう思います。

今では、お客様と一緒に「お話」したい、お客様の考えているお米にまつわるお話を「聞きたい」と思っていて、出来るだけそうできるように気をつけるようにしています。(出来ているかは別ですが・・・)

せっかくのマルシェの場。会話を楽しみに来ているお客様も多くいらっしゃる中で、やっぱりそれを大事にしたい。

お客様のお話を聞かせて頂いて、一緒にお話をしていると、それを見たお客様が自然に集まって頂いて輪が広がったりする。

今後もマルシェは、もっともっとお客様とお話を楽しむ場にしていきたいと、そう思っています。

そうして僕達の活動の原点の場として、ずっと大事にしていきたいと、そう考えています。


今日も娘は、お店屋さんごっこに勤しんでいます。
本番でカチカチになった娘も、それはそれで微笑ましいか、なんて思いながらも、また折を見てデビューさせてみたいと思います。

馬の骨達の野望 S 2011/02

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TPP参加後の環境で、日本のお米で勝負したい。

最近、強くそう思うようになりました。

この問いに対しては、どうあるべきか考えあぐねてきたところもありましたが、そう思うようになりました。

一つは、僕たちの活動の発端は、美味しいお米を、今までの画一的なやり方ではなくて、ちゃんとした形で世の中に届けることで、本当においしいお米を、そしてそれを作る農家さんを残すこと。
つまり、「お米の世界に市場の原理を持ちこむことでお米を守りたい」そういう気持ちがあったこと。

そして二つ目は、既に市場のプレイヤーが平均66歳という、あまりにも偏ってしまった状況下。
このまま税金による保護を続けて行きながらも、農家が農業が衰退を続ける状況において、「今のまま」は選択肢としてもうないんじゃないか、そう思うようになったこと。


僕は、日本の田んぼのある風景が大好きです。

それが自分の育った原風景。

だから、TPPに参加することで、田んぼがなくなっていいなんて全く思っていません。

でも国自体が駄目になってしまったら、元も子もない。


日本のどこでも同じように、今のままお米が生き残っていけるのか?

そうではないかもしれません。

商売としてではなく、自給自足としてお米が育てられる田んぼが増えるかもしれません。

競争力のある別の食物に転作される田んぼが増えるかもしれません。

それでも、国の産業として、きっと、今よりももっともっとお米が輝く日が来る。来るべき。来るようにがんばる。
そんな風に思っています。

でも、僕たちには、金も物もありません。農業とかお米の世界でなんらかのパワーがあるわけでもありません。

だから、3人で、そして3人を支えてくれている沢山のパートナーと一緒に、知恵を絞って考えたい。
どんどんどんどん行動したい。

田んぼのある風景を、この国にずっと残したい。


先日は、「おいしいおこめのおすそわけ倶楽部」の会員様向けの定期配送の日。
いつものようにS.K.Y.の3人そろって1日かけて作業を終えて、その日は、Sの家で皆でご飯を食べて語りました。

3人とも、毎月の精米・発送の量が増えて来たことを実感しています。

もうすぐ3人の手にも負えなくなるかもしれない。そう思いながらも、早くそんな日が来ることを夢見ています。

今は、「どこぞの馬の骨とも分からない僕たちを応援してくれる」会員の皆様に心から感謝して、
いつか、あのお米を食べ続けてよかった、とそう誇りに思って頂けるように、その日までがんばりたい。
どうしたらもっと喜んで頂けるか、ない知恵を絞っていきたいと思います。


僕たちはお米の安売りはしません。

美味しいお米を、正しい形でお客様に届ける。

そうすることで、安心して、夢を持って、お米を作り続ける農家さんを応援し続けます。

TPP参加後の、一つの日本の農業の在り方を提案したいと、強く思っています。

農家、消費者、僕たち、3者が一緒に取り組めば、きっとできる。

そう思っています。

人口が減るなら倍はたらく:兼業社員のススメ Y 2011/02

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ご無沙汰しちゃいました。

「仕事しながらお米売るの、大変では?」と、よく聞かれます。

前にも書きましたが、僕たち3人は平日サラリーマンをやっています。
意外に思われるかもしれませんが、そちらはお米とは全く関係ない仕事をそれぞれしています。
経営コンサル、商社、エンタメ業界でスーツを着てデスクにかじりつきながらアクセクせっせと会社のために汗をながす、
その姿は土日マルシェでお会いさせていただいた方々からすれば正反対といってもいいかもしれません。

ですが、だからこそこの活動をやり続けることができている気がします。

冒頭の質問ですが、スケジュールだけをみると確かに「大変」にみえなくもないかもしれないです。
平日の勤務時間以外はこの活動のために諸々打ち合わせや会食、作業をすることもしばしば。
マルシェや「おいしい おこめの おすそわけ俱楽部」のお客様への発送があれば当然ですが土日も「働き」ます。
まともな休日は少ないです。家族と一緒の時間は自ずとけずられます。

でも、この活動を忙しいからといって重く感じたり、モチベーションが下がったことは一度もありません。

むしろ、もはや平日の仕事だけではリズムが狂ってしまいそうです。
というのも、対照的な分、平日の仕事とは違う種類のエネルギーが自ずと湧いてくるのです。

例えば、会社は大きい分、商品企画、製造、営業、マーケ、財務というように職掌は分化されています。加えて立場もあります。
開発して作って、さらに売る、ってこともなければ、現場の作業と指示を同じ社員が行う事ってあまりないと思います。いつの間にか専門性が磨かれます。
一方、会社の信用という「看板」があるからこそ、個人では決して経験できない先端的なことや、巨大な取引を目の当たりにできたりします。

一方でこのお米の活動はたった3人。
僕ら3人の自腹が資金の元手での活動ですので、当然経済力はありません。与信もなく銀行もそう簡単に融資はしてもらえません。
ましてや、人を雇うなんてできません。つまり規模は吹けば飛ぶ、程度のものです。

しかし、戦略策定から雑務まで全てを決定して、実行できます。
自ずと全体感、そして続けるべく長ーいスパンを意識します。同時に、手元はお米をパッケージをしつつですが(笑)
株主さまも銀行さまもいなければ、僕らも給料をもらう必要もなく、経済的なプレッシャーはないので、ピュアに志が貫けます。
そして、自らの手で活動を成長させることのやりがいと達成感を味わえます。

さらに、何よりも大きいのは「出会い」です。
おこめの活動をしていて、世界が随分広がりました。
当たり前ですが、「おこめ好き」に垣根はありません。
いろんなバックグランドを持った方々と仲良くさせてもらえて、本当に嬉しくて楽しいです。
それがあるから続けられている、といっても過言ではありません。

お米に愛情を注ぎ、大事に大事においしい「おこめ」を育ててらっしゃる農家さん。
マルシェに立ちながら、おこめと僕らの思いに興味をもっていただけて、励ましてもらえるお客様。
どこの馬の骨か分からない僕らに出店を快諾してくれたFaermer's Market@UNUのみなさま。
僕らの将来にむけて有意義なアドバイスをくださる、独立して自らの足で歩まれている諸先輩方。
マルシェを一緒に手伝ってくれる仲間。いつも気にかけてくれて、いろいろと紹介してくれたりヒントをくれる友人知人。
僕らの活動団体の名前を"S.K.Y. & Partners"にしたのも、自分たちだけでなくさまざまな"Partnersさま"たちとつながっていきたいから、
という思いからでした。

僕は人生をおこめ以前とおこめ以後に分けて語る(笑)、そのくらいいい刺激と影響をもらっています。
そんな素晴らしい出会いを与えてくれた「おこめ」に感謝です。

世の中にはもちろん、「本業」だけで休みもなく一生懸命働かれている立派な一筋プロの方々も大勢いらっしゃると思います。
そのような方々もうらやましいですが、僕にとっては少しずつ夢へ近づいている気になれるこの「兼業」スタイルが、とてもフィットしています。

農家には兼業がありますが、一般的に、会社員は副業規定があって二つの会社に属せないのが普通です。
ラディカルな意見になりますが、この規制は早晩とっぱらわれて、むしろ義務化したほうがいいのではないでしょうか(笑)。
「もう一つの仕事もあるから」と時間配分に敏感になり能率があがるかもしれません。

仮に、同じような職業を同じような会社で二つするのは確かにシンドイでしょう。
でも正反対ならどうでしょう。
業種を超えた人と人のつながりは思わぬイノベーションをもたらすかもしれません。
実際、僕らSKYも上で書いたように経営コンサル、商社、エンタメという業界にいて、しかも3人とも印刷会社、広告代理店、建築設計事務所からの転職を経験しているので、なんだかんだ6業界ほど経験していたりします。
この3人だけでも、今までそれぞれが歩んで培ってきたバックグラウンドを総動員して知恵を出しあうと、得意不得意を補えあいたり、いろいろ新しい「ヒラメキ」が生まれる瞬間があります。

平日は会社員をしっかりやるが、土日はベンチャーやボランティアをやる。その支援が会社も行い、CSR向上としてPRする。
ミソは、その土日の活動もサービスを「生産」し、顧客をもつこと。つまりGDPを土日も増やす。
例えばそんな社会システム、どうですかね?

そうすると、
・自由時間が減るので総「消費」量が減り、コンシューマーサービス業が減る悪影響あり?
・ただでさえ忙しいのにそんなことになったら、家族の時間が減って、引いては人口が増えず国力が本当に増えるとはいえないのでは?
という指摘もあるかもしれません。確かに僕も懸念します。

とはいえ「このままでは」2050年には人口が25%も減るという恐ろしい数字がニュースになる時代です。
上の提案がメリットしかないとまではもちろん思いませんが、
人口が減る以上、現在の社会的な枠組みを変えて「実質的な」総労働人口を増やす施策の議論を深める価値はあるのではないでしょうか。

おいおい、このことについては僕もまた考えをまとまったら書かせてもらいますが、
とどのつまり、今日長々書いて何がいいたいかって、
・「この活動は楽しく充実しています」ということと、
もっともっと続けてマグニチュードの大きい活動にしていきたいので
・「支えて応援してくださる皆様、いつもありがとうございます」
の2点です(笑)

長文すみません。
それでは、また!

震度7に耐えた田んぼ S 2011/04

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もう少しで、あの3月11日から1か月。

宮城県栗原市栗駒で生まれ、家族が栗原、仙台、気仙沼に住んでいる僕にとって、この1カ月はこれまで経験したことのない時間。それは、未だ言葉で表現することも難しい、そんな時間でした。

震災から3日後に家族全員の安否が確認できた後、今回の最大震度7を記録した栗原、震度6の仙台、そして津波被害が酷かった気仙沼に入ったのが16日。

未だインフラの整わない現地で、目に、耳にしたものは全く想像を絶するもので、テレビで繰り返し放送された映像以外にも、ニュースでは決して伝わってこないもっともっと深刻で、辛い現実が、そこには横たわっていました。

家族の無事が奇跡的だったことにただただ涙。飛行機、バス、車を乗り継いで現地に入り、家族をつなぐことができたことに、(誰にかは分からないけど)心から感謝をしたものの、その他の現実に対して何もできない自分に残ったのは、心の底から感じる無力感でした。家を失くした方、避難所で亡くなっていく方、せっかく残った家が襲われる恐怖を感じている方。でも自分は家も建てられなければ、患者さんを診ることもできません。多くの家の警備もできません。


Partnersの皆様の支えあってSKYとして救援物資を現地にお送りさせて頂きました。しかしながら、宮城から帰ってきて以来、ずっと「自分が為すべきことはなにか」を問い続けて来ました。

テレビから流れるその後の様々な課題に対し、「あれもこれも何か…」と考える日々ですが、情けなくも未だ明確な答えは見つかっていません。


ただ、、、今日、SKYの3人で議論をしていて、一つだけ確認できたことがあります。

それは、これまで通り、東北のおいしいおこめを都市に届け続けることで、東北の元気に貢献しよう、ということ。

2007年から始めた僕たちの「おいしい おこめの おすそわけ」の活動の背骨には、「お米」を通じて、この国の農業・観光・教育に貢献したい、という揺るぎない思いがあります。

昨今の社会・経済状況下で、この国の産業として、第一次産業が、農業が、もっともっと元気であるべき、という思想があります。

まだまだ認知されていない、農家のピュアなおいしいお米が、市場原理に乗ってもっと都市に、世界に羽ばたいてほしい。

50年後、100年後、1000年後も日本のおいしいお米が存在する世の中であってほしい。

おいしいお米作りにプライドを掛けて、情熱を持って取り組む人が増えてほしい。


各地の避難所は、本当にご高齢の方が多い。少子高齢化はここまで進んでいるのか、と改めて考えさせられますが、これは紛れもない日本の地方の現実です。

津波で海水漬にされた田んぼ、放射能の汚染を余儀なくされている田んぼも沢山ある。

もう既に作り手が平均65歳を超えているこの国の現状で、いったいどれだけの方が、米作りを諦めてしまうのでしょうか。

こんな状況で、東北の地方都市は、農業・漁業ができなくなった方が溢れています。


僕たちの組織は本当に小さい。たった3人。吹けば簡単に飛びます。

でも、どんなに小さくても東北に希望を生みたい。

2011年度米に積極的に投資します。3人のサラリーマンが捻出できるぎりぎりの範囲で。

米作りに希望を持ってほしい、そして、アルバイトでもいいから、少しでも雇用を生みたい。


この震災を通じて、僕たちS.K.Y & Partnersは本当に多くのお客様から温かい励ましのお言葉を頂きました。

今のような危機の下で、お米を通じて、こうしてお客様と僕たちと、そして東北の農家さんがつながれることは、尊いことだと思っています。

皆様においしいお米を届けられることが、僕たちのモチベーションです。メッセージを頂いた皆様、変わらずお米を毎月待っていて下さる皆様には、感謝してもしきれません。

2011年。(地域によっては、土質調査を待ってからになりますが)種まき、そして田植えは目前です。

震度7に、震度6に耐えた田んぼに、そしてお米を作る農家に、S.K.Y & Partnersは寄り添って生きていきます。


最後になりますが、今回の震災で尊い命を落とされた皆様のご冥福をお祈りすると共に、被災されて苦しい思いをされている皆様に心よりお見舞い申し上げます。